母がずっと行きたがっていた小倉に、一緒に行ってきた。
20代で鹿児島を出た私は、自己実現に邁進した。岡山、大阪、広島、福岡、東京、そして海外へ。あちこち飛び回る娘に、母はどんなにやきもきしていたことか。
20年ぶりに鹿児島に戻ったとき、妹が言った。「お姉ちゃんが近くにいて、お母さん嬉しいと思うよ」
鹿児島から出たことのない母。一人では新幹線に乗れないというので、私が付き添うことにした。
旅行の朝、母が言った。「最近太ったから、昨日デパートでガードル買ったの!」
何歳になっても女は女なのだ。
小倉城を見上げる母を見ていて、ふと気づいた。いつの間にか、母が私より小さくなっている。
20年前…鹿児島を離れるとき、黒々としていた髪は真っ白になり、母はひと回りもふた回りも小さくなっていた。
お土産売り場で、母は目を輝かせていた。「これは松田さんに、これは山口さんに…」と、次々とカゴに入れていく。
「これまでずっともらってばかりだったから、やっと自分の旅行のお土産が渡せる」
その言葉を聞いて、胸が詰まった。
帰りの新幹線で駅弁を選ぶ母。「どれがいいかねぇ。駅弁お父さんも同じでいいかなぁ」と家で待つ父にも同じ駅弁を買う姿が、なんとも愛おしかった。
「ずっと行きたかったから、行けてよかった」
若い頃、親はずっと元気なものだと思っていた。自分のことで精一杯で、親にも夢や願いがあるなんて考えたこともなかった。
きっと母は、離れて暮らす娘には気を遣って、こんな小さな願いさえ言えなかったのだ。
40代になって、やっとわかった。親と過ごせる時間は有限で、ネットや交通が便利になった現代でも、近くにいるからこそ叶えてあげられることがあるんだと。
小倉の空は高く、鱗雲が秋の光を浴びて眩しかった。

