今日から4月1日。年度が切り替わり、まぁ私程度の浅はかなものでも、職場にはそれなりに構築している人間関係があって、昨日はいくつかの別れがあって、それなりに感傷的な日でもある。
さて、同時に年度が切り替われば、子ども達もまた一つ進学する。当たり前である。ただその当たり前の確認を改めて再確認するのが、例えばこの時期のお約束で、その時に伴ういわゆる光陰矢の如し的感覚も、これまたお約束である。
その時にふと妻と話しながら、我々夫婦はいったい保育園に足掛何年間通っているのだろう、という話題になった。
一番上の子が保育園に行き始めた時は、夫婦はまだ20代後半。そして夫婦で40代に突入してから数年が経つが、今だに保育園の送迎はずっと続いている。1年も途切れる事なくずっとだ。まぁこの間に引っ越しもあって、保育園自体は計4か所に渡っている。
色々あった。
大人の事情で何度も転園させて、辛い思いを何度もさせてしまった。
転園まもない保育園の遠足に行った時は、周囲の輪に入れず、父と2人だけにさせてしまった。絶対に寂しい思いをさせたくないと、空元気全開でで子供と楽しもうとした。子供は覚えているだろうか?
仕事でお迎えが遅れて保育園の先生に怒られたり、慰められたりした。そんな時は世の中は優しいように見えて優しくないことも、またその逆に見えたこともあった。
そんな保育園の送迎も、残すところ本当にあと1年。
月並みだが、なんだか残された1日1日が貴重な気がしてきた。今日からカウントダウンが始まったと感じる。
疲労感やマンネリ感もないし、達成感や充実感もないな。むしろ寂寥感とちょっとした焦燥感。
これが光陰矢の如し。