2023年秋の健康診断では内臓が若いと褒められる
血便検査で2回中1回となるも腫瘍マーカー異常なし
2024年8月頃→
夏バテで疲れが抜けないと言っていた。
2024年9月→
仕事から帰宅してシャワー後に晩御飯を食べたらすぐ寝る。
(職場でペアを組んでいる男性社員に嫌がらせ受けていた。
上司の判断で転勤し、転勤後は少し元気になっていた)
(休みの日などは水族館などへ行ってリフレッシュしていた)
2024年10月→
足に少しむくみが出て来たので病院へ行きなさいと
勧めたが来月健康診断だからと行かなかった。
2024年11月→
健康診断で複数の数値が高く要再検査となる
(本人は内臓がボロボロと笑っていた)
2024年12月→
仕事が忙しいからと再検査に行かなかったが、
月末近くに近くの病院で検査をする。
肝臓に腫瘍が見つかり、悪性か調べるのに
がんセンターを紹介される。
2025年1月→
年末年始は食欲も無く、ベットで横になっている毎日。
年始明けに予約している、がんセンターで検査。
肝臓がんというより、むしろ肝硬変と言われる。
健康診断で2回のうち1回の血便があったので、
翌週に内視鏡検査となり、末期直腸がんと言われ、
何もしなければ早くて余命2ヶ月と言われたので、
ポート手術後から、2週間に1度の抗がん剤投与となる。
(延命治療)
2025年2月→
フォルフォックスでは、抑える事が出来ず、
セキツマシブの追加となり、検査の結果、
肝臓の腫瘍が1.5~2cm小さくなる。
(肝臓は皮1枚だけが正常で中は腫瘍との事)
2025年3月→
自力歩行が辛くなり、抗がん剤投与は中止となるが、
原因が食中毒だったので、1週間で
自力歩行できるようになる。
血液検査では、異常に高かった肝臓の数値が
少し高い程度まで戻る(黄疸・抜け毛無し)
抗がん剤投与後8~11日まで毎回、高熱だけはあった。
投与後3日目から利尿剤の影響か体重減少するが、
次回の投与日には、ほぼ戻る。
2025年4月
中旬から抗がん剤投与再開。
自力歩行も問題無し。自力で登るのに時間が掛かった
2階への階段も、かなり早く登れるようになった。
2025年5月→
月末に転居・転院のため何かあると転院先の医師に
迷惑が掛かるのでと5月2日で抗がん剤投与を中止。
(抗がん剤投与後は少しずつ、最初の頃より身体が
動くようになっていた)
次回の診察へ行く時にタンデムシートに
乗ろうとして落ちる。
その日は歩けたが、翌日から起き上がるのも大変になる。
数日後、1人でシャワーをしようとして、
入り口の段差まで足が上がらず、派手に転んでいた。
それから腰が痛くて完全に起き上がるのも
自力歩行も困難となる。
5月20日過ぎから急に抜け毛が目立つ。
5月31日に羽田から釧路へ来る時だけは、
俺に掴まりながらなんとか歩けた。
2025年6月→
3日に転院先の初診日で、タクシーから降りて車椅子使用。
診察時に患者が抗がん剤投与を強く望むなら
投与しますが、副作用で突然死する可能性もあると
言われる(現在の状態で抗がん剤投与をした例は無いと)
とりあえず当日に入院して
転倒時に骨折したか調べて、骨折なども無く、
体力が回復しないようなら緩和ケア病棟で
過ごす事を本人と相談して決めた。
骨折も無く、体力も回復しないので
12日辺りに緩和ケア病棟へ。
緩和ケア病棟へ移る時に担当医に余命を聞くと
早くて1週間程度との事。
6月3日の診察時から肝臓の肥大化は早くなっていたが、
点滴に薬を入れているとの事と、鼻から酸素注入で
荒かった呼吸も普通に落ち着き、元気だった。
14日・欲しい物を買って行ったが、すごく食べる。
16日・本人は1ヶ月は余裕で生きられると自信満々で
欲しいと言っていたおやつやジュース類もたくさん飲む。
18日・面会時に熱が出て血圧が70~80台との事だが、
本人は結構元気に話が出来たものの、早く休むようにと
10分程度で帰宅。あんみつを食べていた。
19日・面会時に看護師から夜に腹痛で、薬を点滴に入れたと
言われたが、本人は、お腹を冷やしたからと
ケンタッキーを食べながら笑って言っていた。
面会時には、少し調子が悪い程度と。
20日・9時前に病院から電話が来て血圧が低く、
呼吸も荒いので、すぐに来て欲しいと連絡が来る。
9時15分頃に到着。
話しかけても返事が出来ない状態たが、聞こえていますよと
看護師に言われるも反応が無い。
息を吐く時にウゥーと唸っていたので、
ベットの頭を起こすと静かな呼吸になって
苦しくなさそうになったが、看護師が来て、
ベットを起こしていると血圧が下に行くので
横にしていた方が良いと言われる。
また、息を吐く時にウゥーと苦しそうになってしまったが。
10時に病室にあるたくさんの荷物の半分を
家へ持って行ってからすぐ戻ると報告して帰宅。
10分後に家へ着いたら呼吸停止と電話が来たので、
すぐに戻る。
担当医が来て死亡確認。葬儀屋へ連絡。
葬儀屋の人が来るまでの30分の間に病院内の
コンビニで死亡診断書のコピー10枚を。
葬儀屋と打ち合わせで明日、火葬出来るとの事。
俺1人が見送るので直葬。
花束とフルーツセット・お菓子類を用意してと
言われたので用意した。
丁度、俺が家へ戻った時に亡くなったのは、
奥さんらしいなと思った。
いつも辛くても大丈夫と言うし、誰にも辛いところを
見せたくない人だったし・・
誰にも知られずに逝きたいと言っていたし。
19日夜にメールをしたが返信が無かったので、
寝てると思っていたが、今日奥さんの携帯を見たら
充電無し状態で、ロック解除の暗証番号も
知らない(笑
床の間に写真の額を買って写真を入れ、電気のろうそくと
チカチカ色が変わる電灯などを用意した。
直葬なので遺体は、家に来ないが形だけ整えておいた。
10日前にちいさなお葬式へ連絡して
資料を送ってもらったら直葬費用が5万円引きで
約8万円+火葬代1万8千円+花・お菓子・フルーツで
合計11万円程度で収まる。
葬儀費用は、役所に言うと数万円が戻る。
年金を貰える60才の半年前に逝ったので、
これも請求すると約10~30万戻るらしい。
不思議なのは・・・
神奈川から北海道へ来て転院先の病院で
診察までの2日間は家で寝たきり状態。
家の場所すらも判っていないし、霊魂になって
ここへ戻ってこれるのだろうか?
霊感の強いオイラだが、全く気配が感じられない。
っていうか・・判っていたけど結構ショックだ。
奥さん用の部屋も奥さんの物を揃えて作ったのに。
引っ越し荷物が届く前に入院したし・・
奥さんの荷物は大量にあるし・・
2階の2つ部屋が空いているから保管しておくかな。
失って後悔する前に気が付けるかは大事だから
常に気を付けているけれど、別れるのと
逝ってしまうのとでは違うしなぁ・・・
まぁ、死に顔は眠っている時と同じだったから
苦しまずに行ったんだろうな。
おっ・・空が明るくなってきた