新日本プロレスオフィシャルより
退団のお知らせ
新日本プロレスリングの所属選手として活躍していた稔選手ですが、2009年1月31日をもって、契約終了、退団することになりました。
稔選手自身より、1月31日のリング上にてファンの皆様に挨拶を行なう予定です。
稔選手のこれからの活躍を心よりお祈りいたします。
新日本プロレスリング株式会社
※稔選手が挨拶を行なう予定を、一時誤って掲載しておりました。正しくは上記の通り1月31日です。謹んでお詫びいたします。
またしても退団者が出てしまった新日本プロレス・・・本人は自身のブログでこのように語っている。
ただいま新日本プロレスで毎年1月に行われている契約更改が終了☆多分今日中に新日本プロレスのオフィシャルサイトでも発表されると思うけど『稔はじめました。』愛読者のみんなには真っ先に伝えたかったんで報告します!わたくし稔は1月31日をもって新日本プロレスを退団いたします!!!!!!
予想どおり・噂通りと言われちゃうかも知れないけど、俺が退団しようと決意したのは去年の4月3日...まぁ新日本プロレスをっていうかプロレスをやめたいなと思うような一件がありとりあえず決断しました☆ただそれから9ヶ月で色々考えたり改めて俺が大好きなジュニアヘビーの闘いに対する気持ちが強くなる出来事があったりで新日本プロレスをやめてフリーで『ここのリングでコイツと闘いたい』という気持ちが出てきて改めて小学生の時からの夢であるプロレスに必死に取り組んで生き残っていきたいと思うようになった♪それが10月の両国で言った『7年前から引っ掛かってる事』なんだけど、世間の景気もプロレス界も厳しい時にフリーになる決断をしたから前もって話をした数人の選手には大反対されたけど俺は自分の“腕”を信じてるし俺について来ると覚悟を決めてくれた家族と新日本をやめても俺について来てくれる皆の為に俺は絶対に《survivor=生存者》となるのだ(o^o^o)
新日本はやめるけど俺がプロレスに向き合うスタンスは何も変わらないし、むしろここ数年よりプロレスに対する情熱は燃えまくっている!コメントでたくさん心配してくれた皆には前もって話す事が出来なくて本当に申し訳なかったけどこれからもミノ様についてきてくれこのスットコドッコイ!!!!!!!
昨年の2月にジュニアタッグのベルトを獲った稔、それがすぐさま取り上げられた。現場監督である長州との対立が4月3日に爆発したのであろうか?この頃からジュニアの闘いではなく、ヘビーに挟まれた闘いに嫌気が差していたと思われる。ジュニアの闘いに重きを置きたかった稔にしてみれば、歯がゆい期間が続いたのかもしれない。
退団が決まった後のブログで、晴れ晴れとした気持ちを述べている。
昨日はたくさんのコメント本当にありがとう☆昨日退団する事が決まって事務所で挨拶して→道場にいる選手や管理人の小林さんに挨拶を済ませた後、前もって話せなかった関係者やお世話になった人達に電話で報告をしまくり家に帰ってきてからは選手の皆に電話をしまくって落ち着いたのがPM11時半くらいだった(o^o^o)10年間お世話になった団体だから一緒にやってきた皆には感謝の気持ちでいっばいなんだけど電話した時に皆がかけてくれる言葉が嬉しくて常に目をウルウルさせながら電話をする繰り返しだった。。。
それが落ち着いてから「稔はじめました。」に目を通したら今度は皆のコメントを読みながらウルウルしっぱなしだった。。。
俺は幸せもんだなぁ~と思いながらベッドに入り、朝目覚めたらようやく退団の実感がわいてきて「よーし!頑張るぞ♪」とキィたんの幼稚園へ見送りに行きながら空を見たら不思議といつも見てる逗子の空も何か全然違う景色に見えたw(°0°)w“同じ場所で同じ景色を見ても立ち位置が変わると全然違う景色に見える”ってこの事っすね!去年の秋くらいからは“前”しか向いてなかったから新日本に対する未練もないし退団する実感もなかったけど、ようやく実感がわいてきたぜ☆イェイ(^ε^)-☆
これからも自分の為、家族の為、新日本の仲間に「この厳しい時代にフリーになったのに稔は凄いなぁ」と皆に思わせる為、そして俺を応援し続けてくれる皆の為に2月からは“新日本の稔”より数百段階ステップアップしたるわこのスットコドッコイ!みんなこれからもヨロシク☆ヽ(▽⌒*)
自分的には、稔の離脱が無限の可能性を秘めているように思える。
自由に羽ばたいて欲しい、実感としてこんな言葉しか出てこないがフリーのレスラーも大変な時代、何でもやる覚悟が必要であろう・・・
たとえそれがハッスルだろうと・・・。