ネコ草覚書

ネコ草覚書

うちねこディーノときゃーこ(本名カレラ)、拾ろいもんシェルティーのポルのこと。
ネコらと観た映画、読んだ本、一緒に考えたことなども。



2000年生DINO(でぃーの)
2007年生きゃーこ(本名カレラ)
$デイリー?! ネコ草
$デイリー?! ネコ草

2009年9月23日加入
推定2004年生
「ポル」子です。

体重15㌔超、でかいめのシェルティー。
土手を一人で歩いている所に遭遇し連れて帰る。
元の飼い主が見つかったが、どっちでも良さそうだったので、譲り受けた。



2015年生にゅるきち(本名NUR)
唯一の男子
2015年12月27日没
FIPでした。

あわてんぼうのおちょこちょいやな、このこは。


おはよございます♪
 
吉弥さん「蛸芝居」
一之輔さん「らくだ」
春蝶さん「紺谷高尾」

とたっぷりの大ネタでした。 


吉弥さん、さすがの長いマクラからの本ネタで終始大笑い。

このネタは初めて。上方らしく鳴り物もたっぷりな滑稽噺で、吉弥さんにぴったりです。


一之輔さんの「らくだ」は2回目かな。

他は談春さんと吉弥さんでも逢った事ある。

一之輔さんのべらんめぇが合ってますね。

お風邪を召したとかで、当初のトークコーナーでは、おとなしくされてましたし、高座にお湯呑みも用意されてましたが、ネタ中は全然そんな素振りもなく、大笑いさせていただきました。


春蝶さんの「紺谷高尾」は2回目。

笑って泣いて、いい噺です。





基本、落語会はソロ活なのに、

平日の夜席だし、大阪だし、

逡巡しながら、チケット取って、チケット取った事忘れて、チケットピアでおススメ上がってきて、また、逡巡しながらチケット取ったら、2枚取ってるやん、と慌てて忙しくしてるお友達お誘いしたら、奇跡的(?)にスケジュール空いてて、お付き合いいただいたのでした。


終演後KITTE地下で軽く〜やって、良い一日でした。








Aぇちゃんの彼の事で鬱鬱した毎日でしたので😭

モネ睡蓮のとき 京都京セラ美術館







写真下手。
モネ好き。明るくて。
光と水。





期せずして桜。

人少なくて、よきでした。






建物もよき。


嵐山の福田美術館の東山魁夷展にハシゴ。

嵐山はすんごい人。

ですが、福田美術館は静かです。



カフェがお気に入りなんです。うふ。

喜楽館昼席2025/1/6
 
春蝶さん、来るやーん❤️
と思い立って初笑いの喜楽館へ。

春蝶さん、大ネタの「紺谷高尾」

確か談春さんでも一度出会ったような。

笑ってあとちろっと泣けます。


あとは、ぴろきさんしか覚えてないな。


神戸市立博物館で開催中の大ゴッホ。
平日にもかかわらず大盛況でした。
開館と同時に入場を目論んでましたが、電車の遅れもあり、開館直後少し並んでからの入場となりました。

前半部はオランダ時代の作品、後半部はパリへ出て来て以降の作品で、今回の目玉が「夜のカフェテラス」
オランダ時代の作品は暗くて、、ミレーのような農民作家を目指してたとか。

そして、パリ時代。
ルノワールやモネの作品も何点かありました。
明るくて、断然こういうのの方がいい。
ゴッホの花の絵も何点か。
「バラと芍薬」が素敵でした。
ポストカードにはなかったけど。

「夜のカフェテラス」と「自画像」は撮影可。







いろいろ飲み食いしたあとの締め。

ユーハイム本店のカフェ🍰

クランツですわよ。オホホ🤭

喜楽館名人寄席春席2025/5/11






松方ホールでした。

春蝶さんも最近好きで追いかけてます。

ええ声の色気。

米團治さん、さすがのぼんぼんぶりも嫌いじゃないです。

春蝶さんからの、花街にようけ落胤がおる、という愛あるイジリも好きですね。


たしかに、大笑いしたはずですが、落語のネタの内容って恐ろしいくらい忘れます。

まして、何ヶ月も経つとね。

で、思い立ってブログに記録しようとした訳です。


そうそう、三之助さんの師匠の創作落語「アメリカ人が、、」が思いの外面白かったのでした。


喜楽館昼席


福利厚生でチケットいただいたので、久しぶりに吉弥さん目当てで喜楽館。


吉弥さん、往年の枝雀師匠を彷彿とさせました。

身振り顔振りで爆笑をかっさらいます。

あわてもんの植木屋が長屋に帰って、旦那さんのマネするやなんて、馬鹿馬鹿しい噺やね。


で、神戸落語まつりに談春師匠が喜楽館に降臨すると知り、チケット買って帰ったのでした。

志らく師匠とだいぶ悩んだ〜。


喜楽館昼席


神戸落語まつり


でした。昨日。

談春師匠の「紙入れ」雨の昼席の気怠いマクラから始まりました。

なんだか、色っぽいのです。

いつもの大きいホールと違って、寄席は近くていいやね。

って江戸弁になったりして。


笑利君の「生の信長」も勢いがあって大笑いしました。


文三師匠の「顎はずし」、マクラかと思ったら本ネタでした。爆笑。


福笑師匠、貫禄の大笑い。


しれっと落語会の覚書がわりに。

「覚書」なので、年内に書いてしまおう。
12月27日午後8時過ぎ、末っ子のくせに、にゅるきち亡くなりました。
FIPでした。

11月末、なかなか下痢が治まらないので病院へ行き下痢止めを処方してもらいました。
薬が無くなり、下痢は治まったけど今度は食欲がなくなったのがおかしいと思い12月6日再び受診しました。
院長先生は一目見るなり、腹水が溜まっている、深刻な病状かもしれないとFIPの検査をしました。
実は前回は若先生の見立てで、暴れそうだからと連れて行ったケージ越しの診察で、問診と簡単な触診で「食べ過ぎ」かな、と言う見立てだったのです。
発熱もしていました。
その時点ではだいぶ食が落ちていましたが、まだ食べていました。

私も野良暮らしがたたってなかなかお腹が落ち着かない、きっと寄生虫のせいだと思っていたし。
きゃーこなんてすぐ虫下ししたにもかかわらず1年以上たってから寄生虫を排出したし。

その時点でもしFIPだったら、手の施しようがないと説明を受けました。

週明け検査の結果が出、FIP確定でした。
その間ネットで調べると希望のもてる話は一つもありませんでした。
過去に色々ブログを見て回る中で、若くで亡くなった猫さんはみんなFIPだったので、うっすらと知ってはいましたが、ここまで救いの無い病気とは思っていませんでした。
きゃーこの慢性鼻炎と口内炎といい、犬より猫の方が深刻な病気が多いやん、あんまり研究が進んでないんやろなと怒りもわきました。

先生には強制してでも食べさせること、といわれシリンジとAD缶を貰っていましたが、結局一度しか使いませんでした。
それ以降は鼻先に食べそうな物を持って行くだけで、辛そうな顔で離れていくのを止めることは
しませんでした。

病気を受け入れて最後まで見守る事だけでした。

炊いた鶏肉の二かけら位を食べたのが最後でした。
水は器から飲まず、窓の結露を舐めていました。

だんだん痩せていき背中の骨がごつごつと当たりました。お腹だけが腹水で膨れていました。
自分でトイレに行き少量の山吹色のおしっこをしていました。

最後の日の3日前、結露を飲む窓枠に飛び乗れなく落ちそうになっていました。
最後の日の2日前、私のベッドの下の引出(ネコらの巣)に長い事こもっていました。
最後の日の昼ごろベッドの下の引出から出てきて悄然としていました。
何かと思うと、巣でおもらしをしてしまっていました。
おまたも汚れていたので、温かいタオルで拭くと、そのタオルにおしっこを少ししました。
夕方から居間のテレビの前、ストーブの前で横になっていました。
いつもは香箱を組んでいますが、手足を投げ出しています。
何となくそろそろかと覚悟をしていました。
バスタオルを敷きその上に寝かせました。
7時頃のどの奥がごろごろ言い、少量の血を吐きました。

8時頃私たちは階下で食事をとりました。
先に2階へ上がった夫が事切れているのを見つけ私を呼びました。
あわてて上がって見るとさっきよりの多い血を吐いてもう亡くなっていました。
まだ体は温かく、柔らかかった。
でも、一人で逝かしてしまった、、、。

嗚呼。

ほんま、おっちょこちょいや、にゅるもおかあちゃんも。
あわてていきすぎや。
アホやな。
しかもたった8か月しか生きてへん。
さっさと生まれ変わってまたうちにおいで、にゅるきち。















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大、ディーにょ4.2
中、ニュル吉3.5
小、きゃータロ3

よって、小ニュル吉が昇格しました^_^

子猫の時期はあっと言う間、だね、

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