昔から甘党であった


というのも実家がお酒を飲まない人ばかりで、濃い味付けも好まない

とりあえず、あの家は甘い物好きということにされていたらしい


お中元やらお歳暮では果物やお菓子類を頂く

近所づきあいが大事な田舎、めっちゃ頂く

兄弟が多かった祖父母のおかげで親戚も多いしね


そんなんで私も甘い物好きに


昔はケーキやら洋菓子派でしたが

年取ったのか、今は和菓子が好き

特にこんな季節は、すっきりした甘さを求めるのかも


今の時期なら水羊羹!

水まんじゅうも好きだし葛餅も美味しいし芋ようかんも好き

生菓子の芸術的表現と繊細な甘さもいいね


最近食べて美味しかったのは雲竜、栗落雁、翁飴

20代とは思えぬラインナップ

緑茶が手放せませんね


クリーム大福はもたれてダメでした

老化現象か・・・


みんなの絵文字で「小豆」を検索すると卵が出てくる

今が最盛期の黒い悪魔、頭文字Gの卵ね

ダイエット効果になるかもだがまじでやめて



終戦記念日の食卓は奇妙に静かだったことを思い出した


うちの祖父は某重巡洋艦に乗る信号兵だった

てっぺんで敵の戦艦見つけたり旗振る人らしいです、ざっくり説明すると


17歳で志願兵として乗船

優秀じゃないとなれないと自慢げに語っていたものだ

生々しい話も色々と聞いた


最後は燃料が尽き、動けなくなった戦艦

呉の港で敵の戦闘機を撃ったりしていたらしい

その後爆撃を受け沈んでしまったとか


このとき呉の町もろとも多くの死傷者を出したらしい

その辺りは祖父から聞いた覚えがない

なぜかはわかるような、わからないような


赤子をおんぶして煙草をふかす15、6の少女

暗闇で目と歯しか見えなかった現地の黒人

貰ったパイナップルをかじって唇が腫れたこと

空から降ってきた遺体が名札でやっと判別できたこと

天皇陛下ばんざーい、大日本帝国ばんざーい、

みんなそう言って死んでいったこと


同じ話も何度もするのだけれど

最後に決まった台詞、

戦争なんかするもんじゃない、と


世界中に友達を作れば戦争はなくなるという人

戦争は経済活動だから止めようがないという人

ほんとうは人を撃ち殺してみたいとのたまう人

彼らも私も戦争を体験していない


体験した世代はどんどん減っていく

終戦記念日の式典、出席した人で亡くなった兵士の親世代はもういないとか

最年長が101歳の方、夫が兵士だったという

最年少がひ孫世代だったっけ


語る人がいなくなったらどうなってしまうのだろうね

心配したほど混んでない

現在高速バスで上信越道を南下中
田んぼの脇の古い小屋にグラフィカルな落書きを見つけ切なくなった

上下スエット、金髪、健康サンダル、交通手段原チャ

偏見に満ちたプロファイリング