医療・福祉・教育などの社会制度、経済などに関する話題については、ここでは語らない。あくまでも趣味のブログなので。
いろんなところで目に付く、人間の老いに対する捉え方など、ここに取り上げたい。
この何年か、ネットユーザーもさる事ながらマスコミも平気で、年齢が増したタレントさんを「衰えが隠し切れない」、「老いを感じる」、「劣化」などと平気でこき下ろす風潮がある。
態々、写真入り、解説付きでだ。とても心無い。
そもそも劣化という言葉については、
私のような工業技術者にとっては、材料・機械・信号などの品質を維持する上で見逃せないファクターではあるが、
人の老いを表現する言葉として用いるべきではないと思う。
そもそも、人様に対して老いや衰えなどという言葉も使ってはならないだろう。
例えば、新番組で視聴率が取れなかったのは、タレントさんの老いが否めないとか、そんな風に、得意げに解説して何が嬉しいのか?
テレビがアナログからデシタル放送になり、解像度の高い4K放送なども登場した。
映像が鮮明になって、人の姿もありのまま映し出されるようになった。
スポーツ放送においては、臨場感も高まりテレビの進化に感心するが、それ以外の番組では不必要に鮮明に映し出しているようにも思える。
それ故、我々がそのようなリアリティーを目の当たりにして、感じた事をどのように理解するのか?表現するのか?など、良識も問われる事になると思う。
すでに我が国の高齢者の割合(ちょうど高齢に達した団塊の世代、65歳以上の人が全人口に占める割合)は4人に1人を上回った。
20年後には高齢者の割合は、3人に1人以上となる。
現在45歳くらいの、子育てand親の介護など責任ある世代(団塊ジュニア世代)も30年後には超高齢の75歳となる。
その頃は75歳以上の割合は4人に1人を上回り、そして、若者は減り15歳未満の割合は(現在は15%強だが)8%を切ると言われている。
つまり、このままのペースで人口が推移すれば、近い将来、どこもかしこも高齢者ばかり、若者は一握りとなる。
ドラマだって、時代をそのまま映し出すとすれば、年齢構成が様変わりするだろう。
登場人物のほとんどが高齢者というのが現実的。
身の回りでも、各種イベントは老人会の集まりのような雰囲気になるのでは。
いろんなサービスにおいても、今までのようなシルバー優遇なんて出来る余裕もなくなるだろう。
今を生きる我々は、劣化だの何だのと、人様が歳を重ねる事に対して、得意げにこき下ろしている場合ではない。
そのうち、自分自身が老いと戦いながら、周りを支えることも要求され、その日を生きていく事に必死となるであろう。
研究が進む医療、生命科学技術やロボット技術を持ってしても、それらがうまく適用出来るのはほんの一握りのケースであり、多くの場合は自然の摂理には逆らえないであろう。
つまり、老いていく自分や、周りを受け入れ、どう向き合っていくかを真剣に考えなくてはならない。
また、身体は衰えても精神は永遠に若くありたい。