例えば、病気や怪我をしてる人がいて。

痛みやら倦怠感やら、様々な症状が出てる。

治癒の見込みがあると俺は思う。

根本的な解決策を練る。

その治療を施す。



というフローがあるとして、少なくとも過去の症例に基づいた治療方法で解決しようとしますよ。
それも、自らがその治療方法で似た症状を救ってきたとすれば尚更。

でも中には『とりあえず痛み止めを処方して経過を見ましょう』と言う人もいる。
その人はきっと、痛みから解放されるでしょう。
でも、病や怪我の状態は進行すると思います。

でも、過去の症例に基づいて『この治療しましょう!』と言ったところで
その人たちには、『その症例は違う種類の動物での話であって、私たちの患者には当てはまりません!』
なんて言われちゃうんでしょう。



ともあれ、手遅れにならないといいですね。

まあ、手遅れになっても、僕らは人間相手の方法しか知らないから
きっと役には立てないでしょうけど。
※予め書きますが、私は男尊女卑論者ではありません。



基本的には男ってのは単純なもんです。
女が上手く男をコントロールすれば、何でもやりますからね。
気分良くさせときゃいいんですよ。
必要最低限の手綱だけ引いておけば。

以前にも話したかも知れないが、例えば男が女に食事をご馳走するとしましょう。
着地点は、男が奢るんですけどね?
そこで女性が、一応財布を出して、支払いをしようとします。
それを男が制して『払うから大丈夫だよー』と言って、払う。
それだけで男は気分が良いと思うんですよ。

でも、払ってくれるのが当たり前みたいな態度されたら、不快以外の何物でもないわけ。

着地だけ見たら、同じじゃないですか。
男が払う、という意味で。
でも、イメージは全く違ってきますよね。

まあ、俺が何を言いたいのかは、見た人の受け取り方にお任せします。
うちは馬鹿ばっかりだー!!
笑えてくるぜ。

貴様らがその気なら、俺は巻き添えを喰らわない事だけ考えよっと。

少なくとも同じ意思を持った連中だけ救われればいいや。
馬鹿馬鹿しい。
果てなき路の途中。

なのかな。

果てる時は、自分が折れた時なのかも。

どう折れるかは別として。

散り際の美学って言葉。

美しいと思う様は人それぞれ。

それならせめて自分らしく。

ならば自分が自分らしくなくなった時が、果てる時なんだろう。

心のままに。
今出来る事を一生懸命やろう。

それだけ。

それ以外にない。



それ以上は出来ない。