雨の予報だった日曜日が、せっかく晴れわたったというのに、明け方妙な時間に目を覚ましてしまったおかげで、日中はぼんやりと過ごしてしまった。
けれど、あんまり空が青いので、出かけないのも、もったいないと思い立ち、原付を蹴って夕暮れ間際のプチ歴史散策に出発。
向かった先はJR保土ヶ谷駅を少し下った辺り。
この間、車で通りかかった時、何やら石碑や説明板みたいなのが見えて、ちょっと気になっていた。
この辺りは旧東海道。
東海道五十三次、保土ヶ谷宿の本陣跡だった。
奇しくも今日は横浜開港記念日だったが、ちょうど開港の頃まではここに本陣があったらしい。
説明書きの看板がある奥に古びた屋敷が建っていて、その庭先にこのような門があるが、これが本陣と関係あるのかどうかはわからない。
さて、あらためてこの辺りを見てみると、いかにも東海道の宿場町だったという感じの建物がある。
最も復元されたものばかりで、そすがに当時からそのままというものはないだろう。
当時からそのまま残されているのは石の道しるべくらい。
ここから金沢や浦賀方面に別れる道があったようだ。
狩場インターの近くまで下っていくと、街道につきものの一里塚跡があった。
日本橋から8番目だったらしい。と、いうことは一里は確か4kmだから、日本橋から約32km…そんなもんか。
わりと整備されていて、観光地的な灯籠もあった。
もちろん、こんなに激しく車が行き交うわきを観光してる者はいないが…。あ、私がいた。
季節の花々が目を惹く。
そこから川を隔てたところに古めかしい神社を発見。
行かないわけにはゆくまい。
こういう動きをするのに、原付は実に便利。
その場で方向転換もできるし、一方通行だって押して歩けるからね。
何かいわくがありそうだが…この外川神社ができたのは、どうやら明治に入ってかららしい。
原作版「デビルマン」の不動 明のような顔つきをしたお稲荷さんのキツネ。
裏手にまわって奥の社殿を見上げる。
そして、その下には何やら謎の洞窟が…!
暗くて肉眼では、まったく何も見えなかったが、ストロボをたいて撮ってみた。
いかにも人工的に作られた感じ。昔の下水道…?
境内にはいたるところに石碑が建っていた。
神社自体は明治からだが、保土ヶ谷宿が廃止され、新たに整備された際、点在していたものも、ここに集められて奉納されたんじゃないかな。
この石造りの屋根みたいなのは見たことがある。
伊豆下田で日本初のアメリカ領事館が置かれた玉泉寺にあるペリー艦隊乗務員の墓石。これは日本で最初の外人墓地だ。
そして、初のアメリカ領事ハリスの通訳で、江戸に出てから攘夷派の武士に暗殺され、南麻布・光林寺に眠るヘンリー・ヒュースケンの墓にも。
う~ん、また何かに呼ばれたか…?
以上、自宅から原付で15分。
見学含めて1時間で行けるプチ歴史散策。
しかし、いかに近いとはいえ、行ったことのない場所に行ってみるというのは実に刺激的だ。
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