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ロンドンオリンピック男子サッカーの準決勝で、日本がメキシコに1ー3で敗れた。日本は大津選手のゴールで先制したものの前半のうちに追いつかれ、後半2失点して3位決定戦へ回ることとなった。僕は深夜に行われた試合をリアルタイムで見ることができず、朝のニュースで結果を知った。残念な結果だと思ったが、にわかサッカーファンの僕からすれば、メキシコという中米の強国とのオリンピック準決勝というシチュエーションにおける1ー3という結果に対して、上出来というか、十分すぎるのではないかと感じるところである。
しかし、この結果を受けてインターネット上では様々な非難の声、とりわけ日本にとっての2失点目について大きな非難が書き込まれていた。自陣ゴール前の密集地帯にスローした権田選手、安易にボールを取られた扇原選手、フォローや相手への寄せを行わなかったDF陣。1ー1で何とかしのいでいた均衡を破ってしまった、自らのミスによる失点。結果これが決勝点になるのだから、決勝点に直結するミスに注目が集まるのは仕方がないのだろうが、辛辣なコメントを見ていると心を痛めてしまう。
僕のようにこの敗北をなかば諦めの気持ちでもって受け止めた人間と、「ここまで来たら勝って当然」、「勝たなければいけない試合」、「負けることは許されない」といった心持ちで試合を見ていた人間。準決勝時点でのオリンピック代表に対して両者が抱いていた期待感はおよそ対極の位置にあったのではないかと思う。前者は日本がベスト4に残ったという事実を「出来すぎ」だとか「奇跡」といった言葉で形容し、これ以上の躍進はほとんど無理だと考えていただろう。だから、この敗北を受け入れられるし、日本代表を糾弾するようなこともない。むしろ賞賛の言葉を贈りたいくらいである。
一方、後者は日本代表の歴史的前進、つまりオリンピックにおける初の決勝戦進出を信じていたであろう層だ。日本代表を本気で信じていただけに、その信頼を裏切るに至った行為(2失点目)に対して感情的な非難を繰り広げてしまうのだろう。
さて、両者の期待度の違いは準決勝時点のものだが、オリンピック開幕前の期待度はどうだったろうか。多くの人々は若い日本代表に多くを期待していなかったのではないだろうか。日本での壮行試合を無様な引き分けで終え、渡航後の2試合では、勝利を収めたもののレギュラーを固定できていないような多数のメンバー交代を行った。この時点でかなりの不安があるうえに、初戦で当たるのは強豪スペイン。メディアも世論もよくてグループリーグ2位通過と思っていたはずだ。ところが、初戦のスペイン戦を1ー0で勝つとあれよあれよという間にグループリーグを1位で通過、準々決勝も制して準決勝にたどり着いた。
この躍進の原動力は何なのかと考えると、戦術的な面を別にすると、メディアや世論への選手たちの反骨心なのではないかと思う。新聞記事や選手へのインタビューを見聞きしていると、世間から期待されていない自分たちへの怒りややるせなさ、そして世間を見返してやろうという強い気持ちが感じられた。とりわけ今回のオリンピックは女子代表が従前に比べて大きく取り上げられていたこともあり、男子代表のメディア露出や期待度は相対的に低いものとなっていた。
悔しさを燃料にチームは快進撃を続け、世間の人々のチームを見る目は変わっていった。望外の快進撃に世間は選手を賞賛しはじめたが、その賞賛の終着点は人によって大きく異なっていたようで、それが先に書いた両者の違い(準決勝に進出した日本代表を上出来と考えるか、まだまだ先へ進まなければいけないと考えるか)に現れてしまったのではないだろうか。
日本サッカーのこれからを考えるという点では、前者より後者の方が素晴らしいことなのだろう。現状に満足せず、日本代表はさらなる高みへ上れると考えているのだから。しかし、日本代表の目的地をどこに定めるかというのは現在の日本代表が置かれた位置を冷静に分析することに立脚しなければ意味がないように思う。そして、今回の代表に対する冷静な分析とは、決勝戦でブラジルと金メダルを争うという類のものではなかったはずだ。ゆえに僕は戦前まったく期待していなかった日本代表のベスト4進出は素晴らしい結果だと思うし、ここまでの素晴らしい道程を思えば、ミスで敗れたことを糾弾する気にもなれない。
しかし、準決勝の2失点目を糾弾する人たちは、さらに3位決定戦でも日本代表が負けるようなことがあれば、彼らをとことんこき下ろすだろう。戦前の予想を覆しベスト4にまで残った準決勝までの戦いぶりを忘れ、最終的な敗北という結果をもってとことんこき下ろすだろう。これでは選手たちがあまりにも報われないではないか。オリンピックにある「日本のみんなのために戦う」という意欲を最初の段階から削がれていた選手たちが、日本サッカー史に残る快挙を達成したのに糾弾されるようでは、彼らがこれからのサッカー人生でメディアや世間を信じることができなくなってしまい、彼らのサッカー人生を暗く冷たいものにしかねない。
日本人の気質から言って、成田に戻ってきた権田選手や扇原選手をコロンビア代表のように射殺することはないだろうが、インターネット上の脊髄反射的な書き込みを見る度に、選手が気持ちよくプレイできる環境が狭まっているように感じるし、日本人の良さが失われているようにも感じる。サッカー先進国ではこういった批判も当たり前という声もあろうが、それは先進国ないしは強国ゆえの高いハードルがあればこそで、今回のオリンピック代表にはそこまでのハードルを求めるのは酷だと思うし、U23という世代を思えば、これからの彼らの活躍に思いを馳せ、気持ちよくプレイしてもらうことを考えることが大事なのではないかと思う。ファンが冷静さを欠き、成果が正当に評価されないようでは、日本のサッカーの未来は暗いと言わざるを得ない。
しかし、この結果を受けてインターネット上では様々な非難の声、とりわけ日本にとっての2失点目について大きな非難が書き込まれていた。自陣ゴール前の密集地帯にスローした権田選手、安易にボールを取られた扇原選手、フォローや相手への寄せを行わなかったDF陣。1ー1で何とかしのいでいた均衡を破ってしまった、自らのミスによる失点。結果これが決勝点になるのだから、決勝点に直結するミスに注目が集まるのは仕方がないのだろうが、辛辣なコメントを見ていると心を痛めてしまう。
僕のようにこの敗北をなかば諦めの気持ちでもって受け止めた人間と、「ここまで来たら勝って当然」、「勝たなければいけない試合」、「負けることは許されない」といった心持ちで試合を見ていた人間。準決勝時点でのオリンピック代表に対して両者が抱いていた期待感はおよそ対極の位置にあったのではないかと思う。前者は日本がベスト4に残ったという事実を「出来すぎ」だとか「奇跡」といった言葉で形容し、これ以上の躍進はほとんど無理だと考えていただろう。だから、この敗北を受け入れられるし、日本代表を糾弾するようなこともない。むしろ賞賛の言葉を贈りたいくらいである。
一方、後者は日本代表の歴史的前進、つまりオリンピックにおける初の決勝戦進出を信じていたであろう層だ。日本代表を本気で信じていただけに、その信頼を裏切るに至った行為(2失点目)に対して感情的な非難を繰り広げてしまうのだろう。
さて、両者の期待度の違いは準決勝時点のものだが、オリンピック開幕前の期待度はどうだったろうか。多くの人々は若い日本代表に多くを期待していなかったのではないだろうか。日本での壮行試合を無様な引き分けで終え、渡航後の2試合では、勝利を収めたもののレギュラーを固定できていないような多数のメンバー交代を行った。この時点でかなりの不安があるうえに、初戦で当たるのは強豪スペイン。メディアも世論もよくてグループリーグ2位通過と思っていたはずだ。ところが、初戦のスペイン戦を1ー0で勝つとあれよあれよという間にグループリーグを1位で通過、準々決勝も制して準決勝にたどり着いた。
この躍進の原動力は何なのかと考えると、戦術的な面を別にすると、メディアや世論への選手たちの反骨心なのではないかと思う。新聞記事や選手へのインタビューを見聞きしていると、世間から期待されていない自分たちへの怒りややるせなさ、そして世間を見返してやろうという強い気持ちが感じられた。とりわけ今回のオリンピックは女子代表が従前に比べて大きく取り上げられていたこともあり、男子代表のメディア露出や期待度は相対的に低いものとなっていた。
悔しさを燃料にチームは快進撃を続け、世間の人々のチームを見る目は変わっていった。望外の快進撃に世間は選手を賞賛しはじめたが、その賞賛の終着点は人によって大きく異なっていたようで、それが先に書いた両者の違い(準決勝に進出した日本代表を上出来と考えるか、まだまだ先へ進まなければいけないと考えるか)に現れてしまったのではないだろうか。
日本サッカーのこれからを考えるという点では、前者より後者の方が素晴らしいことなのだろう。現状に満足せず、日本代表はさらなる高みへ上れると考えているのだから。しかし、日本代表の目的地をどこに定めるかというのは現在の日本代表が置かれた位置を冷静に分析することに立脚しなければ意味がないように思う。そして、今回の代表に対する冷静な分析とは、決勝戦でブラジルと金メダルを争うという類のものではなかったはずだ。ゆえに僕は戦前まったく期待していなかった日本代表のベスト4進出は素晴らしい結果だと思うし、ここまでの素晴らしい道程を思えば、ミスで敗れたことを糾弾する気にもなれない。
しかし、準決勝の2失点目を糾弾する人たちは、さらに3位決定戦でも日本代表が負けるようなことがあれば、彼らをとことんこき下ろすだろう。戦前の予想を覆しベスト4にまで残った準決勝までの戦いぶりを忘れ、最終的な敗北という結果をもってとことんこき下ろすだろう。これでは選手たちがあまりにも報われないではないか。オリンピックにある「日本のみんなのために戦う」という意欲を最初の段階から削がれていた選手たちが、日本サッカー史に残る快挙を達成したのに糾弾されるようでは、彼らがこれからのサッカー人生でメディアや世間を信じることができなくなってしまい、彼らのサッカー人生を暗く冷たいものにしかねない。
日本人の気質から言って、成田に戻ってきた権田選手や扇原選手をコロンビア代表のように射殺することはないだろうが、インターネット上の脊髄反射的な書き込みを見る度に、選手が気持ちよくプレイできる環境が狭まっているように感じるし、日本人の良さが失われているようにも感じる。サッカー先進国ではこういった批判も当たり前という声もあろうが、それは先進国ないしは強国ゆえの高いハードルがあればこそで、今回のオリンピック代表にはそこまでのハードルを求めるのは酷だと思うし、U23という世代を思えば、これからの彼らの活躍に思いを馳せ、気持ちよくプレイしてもらうことを考えることが大事なのではないかと思う。ファンが冷静さを欠き、成果が正当に評価されないようでは、日本のサッカーの未来は暗いと言わざるを得ない。
ロンドンオリンピック男子サッカーの準決勝で、日本がメキシコに1ー3で敗れた。日本は大津選手のゴールで先制したものの前半のうちに追いつかれ、後半2失点して3位決定戦へ回ることとなった。僕は深夜に行われた試合をリアルタイムで見ることができず、朝のニュースで結果を知った。残念な結果だと思ったが、にわかサッカーファンの僕からすれば、メキシコという中米の強国とのオリンピック準決勝というシチュエーションにおける1ー3という結果に対して、上出来というか、十分すぎるのではないかと感じるところである。
しかし、この結果を受けてインターネット上では様々な非難の声、とりわけ日本にとっての2失点目について大きな非難が書き込まれていた。自陣ゴール前の密集地帯にスローした権田選手、安易にボールを取られた扇原選手、フォローや相手への寄せを行わなかったDF陣。1ー1で何とかしのいでいた均衡を破ってしまった、自らのミスによる失点。結果これが決勝点になるのだから、決勝点に直結するミスに注目が集まるのは仕方がないのだろうが、辛辣なコメントを見ていると心を痛めてしまう。
僕のようにこの敗北をなかば諦めの気持ちでもって受け止めた人間と、「ここまで来たら勝って当然」、「勝たなければいけない試合」、「負けることは許されない」といった心持ちで試合を見ていた人間。準決勝時点でのオリンピック代表に対して両者が抱いていた期待感はおよそ対極の位置にあったのではないかと思う。前者は日本がベスト4に残ったという事実を「出来すぎ」だとか「奇跡」といった言葉で形容し、これ以上の躍進はほとんど無理だと考えていただろう。だから、この敗北を受け入れられるし、日本代表を糾弾するようなこともない。むしろ賞賛の言葉を贈りたいくらいである。
一方、後者は日本代表の歴史的前進、つまりオリンピックにおける初の決勝戦進出を信じていたであろう層だ。日本代表を本気で信じていただけに、その信頼を裏切るに至った行為(2失点目)に対して感情的な非難を繰り広げてしまうのだろう。
さて、両者の期待度の違いは準決勝時点のものだが、オリンピック開幕前の期待度はどうだったろうか。多くの人々は若い日本代表に多くを期待していなかったのではないだろうか。日本での壮行試合を無様な引き分けで終え、渡航後の2試合では、勝利を収めたもののレギュラーを固定できていないような多数のメンバー交代を行った。この時点でかなりの不安があるうえに、初戦で当たるのは強豪スペイン。メディアも世論もよくてグループリーグ2位通過と思っていたはずだ。ところが、初戦のスペイン戦を1ー0で勝つとあれよあれよという間にグループリーグを1位で通過、準々決勝も制して準決勝にたどり着いた。
この躍進の原動力は何なのかと考えると、戦術的な面を別にすると、メディアや世論への選手たちの反骨心なのではないかと思う。新聞記事や選手へのインタビューを見聞きしていると、世間から期待されていない自分たちへの怒りややるせなさ、そして世間を見返してやろうという強い気持ちが感じられた。とりわけ今回のオリンピックは女子代表が従前に比べて大きく取り上げられていたこともあり、男子代表のメディア露出や期待度は相対的に低いものとなっていた。
悔しさを燃料にチームは快進撃を続け、世間の人々のチームを見る目は変わっていった。望外の快進撃に世間は選手を賞賛しはじめたが、その賞賛の終着点は人によって大きく異なっていたようで、それが先に書いた両者の違い(準決勝に進出した日本代表を上出来と考えるか、まだまだ先へ進まなければいけないと考えるか)に現れてしまったのではないだろうか。
日本サッカーのこれからを考えるという点では、前者より後者の方が素晴らしいことなのだろう。現状に満足せず、日本代表はさらなる高みへ上れると考えているのだから。しかし、日本代表の目的地をどこに定めるかというのは現在の日本代表が置かれた位置を冷静に分析することに立脚しなければ意味がないように思う。そして、今回の代表に対する冷静な分析とは、決勝戦でブラジルと金メダルを争うという類のものではなかったはずだ。ゆえに僕は戦前まったく期待していなかった日本代表のベスト4進出は素晴らしい結果だと思うし、ここまでの素晴らしい道程を思えば、ミスで敗れたことを糾弾する気にもなれない。
しかし、準決勝の2失点目を糾弾する人たちは、さらに3位決定戦でも日本代表が負けるようなことがあれば、彼らをとことんこき下ろすだろう。戦前の予想を覆しベスト4にまで残った準決勝までの戦いぶりを忘れ、最終的な敗北という結果をもってとことんこき下ろすだろう。これでは選手たちがあまりにも報われないではないか。オリンピックにある「日本のみんなのために戦う」という意欲を最初の段階から削がれていた選手たちが、日本サッカー史に残る快挙を達成したのに糾弾されるようでは、彼らがこれからのサッカー人生でメディアや世間を信じることができなくなってしまい、彼らのサッカー人生を暗く冷たいものにしかねない。
日本人の気質から言って、成田に戻ってきた権田選手や扇原選手をコロンビア代表のように射殺することはないだろうが、インターネット上の脊髄反射的な書き込みを見る度に、選手が気持ちよくプレイできる環境が狭まっているように感じるし、日本人の良さが失われているようにも感じる。サッカー先進国ではこういった批判も当たり前という声もあろうが、それは先進国ないしは強国ゆえの高いハードルがあればこそで、今回のオリンピック代表にはそこまでのハードルを求めるのは酷だと思うし、U23という世代を思えば、これからの彼らの活躍に思いを馳せ、気持ちよくプレイしてもらうことを考えることが大事なのではないかと思う。ファンが冷静さを欠き、成果が正当に評価されないようでは、日本のサッカーの未来は暗いと言わざるを得ない。
しかし、この結果を受けてインターネット上では様々な非難の声、とりわけ日本にとっての2失点目について大きな非難が書き込まれていた。自陣ゴール前の密集地帯にスローした権田選手、安易にボールを取られた扇原選手、フォローや相手への寄せを行わなかったDF陣。1ー1で何とかしのいでいた均衡を破ってしまった、自らのミスによる失点。結果これが決勝点になるのだから、決勝点に直結するミスに注目が集まるのは仕方がないのだろうが、辛辣なコメントを見ていると心を痛めてしまう。
僕のようにこの敗北をなかば諦めの気持ちでもって受け止めた人間と、「ここまで来たら勝って当然」、「勝たなければいけない試合」、「負けることは許されない」といった心持ちで試合を見ていた人間。準決勝時点でのオリンピック代表に対して両者が抱いていた期待感はおよそ対極の位置にあったのではないかと思う。前者は日本がベスト4に残ったという事実を「出来すぎ」だとか「奇跡」といった言葉で形容し、これ以上の躍進はほとんど無理だと考えていただろう。だから、この敗北を受け入れられるし、日本代表を糾弾するようなこともない。むしろ賞賛の言葉を贈りたいくらいである。
一方、後者は日本代表の歴史的前進、つまりオリンピックにおける初の決勝戦進出を信じていたであろう層だ。日本代表を本気で信じていただけに、その信頼を裏切るに至った行為(2失点目)に対して感情的な非難を繰り広げてしまうのだろう。
さて、両者の期待度の違いは準決勝時点のものだが、オリンピック開幕前の期待度はどうだったろうか。多くの人々は若い日本代表に多くを期待していなかったのではないだろうか。日本での壮行試合を無様な引き分けで終え、渡航後の2試合では、勝利を収めたもののレギュラーを固定できていないような多数のメンバー交代を行った。この時点でかなりの不安があるうえに、初戦で当たるのは強豪スペイン。メディアも世論もよくてグループリーグ2位通過と思っていたはずだ。ところが、初戦のスペイン戦を1ー0で勝つとあれよあれよという間にグループリーグを1位で通過、準々決勝も制して準決勝にたどり着いた。
この躍進の原動力は何なのかと考えると、戦術的な面を別にすると、メディアや世論への選手たちの反骨心なのではないかと思う。新聞記事や選手へのインタビューを見聞きしていると、世間から期待されていない自分たちへの怒りややるせなさ、そして世間を見返してやろうという強い気持ちが感じられた。とりわけ今回のオリンピックは女子代表が従前に比べて大きく取り上げられていたこともあり、男子代表のメディア露出や期待度は相対的に低いものとなっていた。
悔しさを燃料にチームは快進撃を続け、世間の人々のチームを見る目は変わっていった。望外の快進撃に世間は選手を賞賛しはじめたが、その賞賛の終着点は人によって大きく異なっていたようで、それが先に書いた両者の違い(準決勝に進出した日本代表を上出来と考えるか、まだまだ先へ進まなければいけないと考えるか)に現れてしまったのではないだろうか。
日本サッカーのこれからを考えるという点では、前者より後者の方が素晴らしいことなのだろう。現状に満足せず、日本代表はさらなる高みへ上れると考えているのだから。しかし、日本代表の目的地をどこに定めるかというのは現在の日本代表が置かれた位置を冷静に分析することに立脚しなければ意味がないように思う。そして、今回の代表に対する冷静な分析とは、決勝戦でブラジルと金メダルを争うという類のものではなかったはずだ。ゆえに僕は戦前まったく期待していなかった日本代表のベスト4進出は素晴らしい結果だと思うし、ここまでの素晴らしい道程を思えば、ミスで敗れたことを糾弾する気にもなれない。
しかし、準決勝の2失点目を糾弾する人たちは、さらに3位決定戦でも日本代表が負けるようなことがあれば、彼らをとことんこき下ろすだろう。戦前の予想を覆しベスト4にまで残った準決勝までの戦いぶりを忘れ、最終的な敗北という結果をもってとことんこき下ろすだろう。これでは選手たちがあまりにも報われないではないか。オリンピックにある「日本のみんなのために戦う」という意欲を最初の段階から削がれていた選手たちが、日本サッカー史に残る快挙を達成したのに糾弾されるようでは、彼らがこれからのサッカー人生でメディアや世間を信じることができなくなってしまい、彼らのサッカー人生を暗く冷たいものにしかねない。
日本人の気質から言って、成田に戻ってきた権田選手や扇原選手をコロンビア代表のように射殺することはないだろうが、インターネット上の脊髄反射的な書き込みを見る度に、選手が気持ちよくプレイできる環境が狭まっているように感じるし、日本人の良さが失われているようにも感じる。サッカー先進国ではこういった批判も当たり前という声もあろうが、それは先進国ないしは強国ゆえの高いハードルがあればこそで、今回のオリンピック代表にはそこまでのハードルを求めるのは酷だと思うし、U23という世代を思えば、これからの彼らの活躍に思いを馳せ、気持ちよくプレイしてもらうことを考えることが大事なのではないかと思う。ファンが冷静さを欠き、成果が正当に評価されないようでは、日本のサッカーの未来は暗いと言わざるを得ない。
