MISSION
ミッション2
(2010年4月7日)
好きなものを好きなだけ食べてよい。間食もお酒も夜食もアリ。
ただし、
食べ物ひと口につき30回噛む。飲み物ひと口につき5回噛む。
体重は引き続き毎日測る。
写真撮影も週に最低3回は撮影する。
特に意識して運動はしなくてよい。
以上
続入院
只今、入院中です。
電ノコで左前腕をばっさり。
えらい大怪我をしてしまいました。
入院生活も10日目に突入。
今、頭の中で、必死に手でよかった。首とか足じゃなくてよかった。
命があってよかった。と思おうとしている。正確にいうと、心の調子がいいときは本当にそう思える。
ただ、手の障害どうなるやろとか、これから仕事どうしよとか、なんてアホなことしてしもたんやろとか、気持ちが
インにはいった時はどうしても、ハア~と溜め息がでてしまう。情けなくなってしまう。
でも、まあそれも自分でわかっている。結局なってしまったものは、どうしようもないわけで、家族の為、自分の為
に前に進んでいくしかないわけで。
なんか今日は弱気の虫がどうもしつこくてこんなブログになっちゃいました。
またあしたから、張り切って治療、リハビリに励みたいと思います。
それと母ちゃんが子供も連れて見舞いにきてくれます。
やっぱり子供らに会うと、元気をもらえます。早く治さないと思えてきます。
子供とキャッチボールしたいもんね、やっぱり。
母ちゃん、息子達よ元気をありがとうね。
入院
先週の土曜日から腕をケガして入院しております。
先週の土曜日、6時くらいだったかな。
事務所で電動丸ノコを使って、ベニヤ板を切っていたんです。
あーもういい時間やし、雨も降ってきたし、早く終わらせようと、急いでしまったのが悪かった。
バンっと丸ノコが跳ねて、左前腕をバサッと。
血が吹き出しました。
みるみる血が溢れてきました。ホラー映画でよくある血がピューーって感じで、吹き出てきました。
あーヤバいと思い、とっさにここにいたら、ここで倒れたらヤバいと思いました。このまま事務所で倒れたら
死んでまうと思い、とりあえず外に飛び出ました。
外は雨が降っていました。
運良く、30メートルほどのところに人がおり、救急車を呼んで、と頼みました。
そして事務所からヒモを持ってきてもらい、腕を縛って、止血してもらったりしました。
そこらへんからは徐々に記憶があやふやなんですが、近所の人がたくさん出てきてくれ、
励ましてくれたりしていました。
横に寝そべっていて腕を見ると、止血しているにもかかわらず、血が溢れてきており、
あーこれは大変やなぁ~となにか他人事のように考えていました。
早く救急車を呼んでくれたせいか、思ったより早く、救急車が着たような気がしました。実際にどのくらいで救急
車がきたのかはわかりませんが、たぶん5分くらいで到着したと思います。
まだ意識はあり、救急隊の方が、大丈夫やで~と言ってくれたのがすごく心強かったのを覚えてます。
あっという間に病院に到着し(意識が朦朧としていてあっという間に感じた)、救急医や看護士さんたちがあわた
だしく動いていました。僕はテレビドラマの医者シリーズが大好きなんだけど、よくテレビでやってるじゃないです
か、救命救急24とかコードブルーとか。まさにその時はそのテレビそのものやなあと考えていました。
もう、治療がはじまってからは、痛かったのしか覚えてません。
途中、ハーイ○○さん少し眠ってもらいますね~っと麻酔をかけてもらったのか、それ以降は覚えてません。
次に目覚めたのが、日曜日の夕方で手術も無事終わっていました。
しかしです。
うつろうつろ覚えてるんですが、救急隊の人や病院の人が、非常にこの巨体を前に四苦八苦しておりました。
救急隊の人は担架に乗せるのに必死だったし、担架を救急車の高さに合わせるのに、
一人でできずに二人がかりでやっていたのです。
病院へ着いてからはあまり記憶にないのだが、緊急手術が終わって、病室に移ってから、
看護士さんもこの巨体を前に大変ご苦労されていた。
まずベッドを移動させるのに一人では、できない。ふたりがかりでなんとか動かしていた。
看護士さんはマジで!?と必死だったが動かないものは動かない。
あとカラダをふいて、着替えさせてくれるのだが、これがなかな大変なの。体が大きいからふく面積も多いし、
左腕が動かせないので、うまいこと着替えられないの。
いやあ~あらためて痩せなくては強く思いました。
逃亡
ダイエットから逃げていました。
かなり久しぶりだ。
また随分太ってしまった。
暴飲暴食自己嫌悪
その繰り返し。
自分は過食症なんだと気付かされた。
でも、諦められない。
痩せたい。
だから戻ってきました。
また逃げてしまうかもしれない。
でも、それでも諦めない。

