ダイエットをはじめると、次のような疑問が浮かんできます。
・運動は食前か食後か?
・有酸素運動は筋肉が細るというけど本当か?
・空腹で運動すると、本当に筋肉が分解するのか?
・血中の糖が燃えてからでないと脂肪が燃えないのか?
・有酸素運動は20分以下では意味がないのか?
・有酸素運動と無酸素運動のどちらが効果的?
・エネルギーの不足が体脂肪で補われるので、どちらの運動でも効果は同じとは本当か?
ネット上のいろいろな意見
保健センターのメタボ改善講座でエクササイストレーナーが、食前と食後の運動の効果について、以下のように説明していますが、3つの大きな間違いがあるので、その誤りを例にして説明したいと思います。
http://walkon.cocolog-shizuoka.com/fitness/2012/01/better-8ec6.html
-引用-
•有酸素運動を行う場合・・・有酸素運動では筋肉や血液中に蓄えられた糖質が、まず使用されます。血液中の脂質も補助的な燃料になります。これらの燃料が枯渇してくると、肝臓に蓄えられた糖質を使用したり、体脂肪を非常燃料として使い始めます
-引用終了-
これって、真っ赤なウソですね。
筋肉は本来はエネルギー源に脂肪を使います。脂肪は酸素がなければ燃えません。だから、筋肉は有酸素運動が原則です。
血液中のブドウ糖や筋肉に蓄えられた糖は酸素がなくても燃えます。
酸素がなくても燃えるので燃焼速度が速く、パワーが出ます。
だから、筋トレや100mダッシュをすると、あとでハアハア息をして酸素を補うのです。
これが無酸素運動ですが、私たちの生活の中で無酸素運動の機会はそう多くはありません。
人体の主なエネルギー源は脂肪です。
脂肪は体内に10Kgくらいも貯蔵されているのに対して、糖はわずか400gくらいしか貯蔵されていません。
だから、筋肉や血液の糖質が枯渇してくると、体脂肪を非常燃料として使い始めるなどというのは真っ赤なウソです。
筋肉は肝臓に蓄えられた糖質を使用することはできません。
筋肉はグリコーゲン分解酵素を持っていないので、肝臓のグリコーゲンを使用することができないのですが、このことについては、大事なことなので後述したいと思います。
-引用-
体脂肪が盛んに燃え始めるまでには、やや時間がかかります。 おなかが空いた状態(血中や筋肉中の糖質レベルが低い状態)で運動を開始すれば、比較的早く、脂肪が燃え始めますので、この観点からすれば、おなかが空いた状態で有酸素運動をした方が、より効果的に脂肪が燃えると言えます。
-引用終了-
体脂肪が盛んに燃え始めるまでに、やや時間がかかるのは事実ですが、いつもそうばかりとはかぎりません。
空腹時には、血液中に体脂肪が溶け出しています。
そして運動すればするほど、血液中の脂肪濃度が増します。
一方、食後に運動した場合は、時間の経過とともに脂肪の濃度が低下します。
これは、食後に分泌するインスリンの作用によるものです。
インスリンには体脂肪の溶け出しを抑制する作用があるからです。
インスリンの抑制作用については大切なので、ネットで検索してみてください。
下図は、川崎医療福祉大学で、成人女性5人に朝食前、朝食2時間後、昼食2時間後にエアロバイクで中強度の運動をしてもらって、血液中の脂肪濃度と脂肪の燃焼量を測定したものです。
その結果、朝食前の運動が最も脂肪燃焼効果が高かったこと、脂肪酸とグリコーゲンの燃焼比率が60%・40%程度だったことがわかりました。
また、朝食前の運動グループは時間の経過とともに血中脂肪濃度が増しましたが、朝食後の運動グループは、時間の経過とともに脂肪濃度が減少しました。
ここでいえることは、朝食前の運動は、運動の最初から脂肪燃焼効果が高く、時間の経過とともにさらに効果が高くなることです。
異なる運動実施時刻が脂肪燃焼に与える影響
http://ci.nii.ac.jp/lognaviname=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0000865571
-引用-
•ただし、これは、あくまで「運動している最中に何が燃焼しているか?」ということであり、運動中に使用されているのが脂肪ではなく、主に糖質だったとしても、消費エネルギー>摂取エネルギーのバランスが保たれていれば、不足分のエネルギーは安静時や寝ている間に脂肪を分解することで補われます
-引用終了-
このエクササイストレーナーは、運動で糖を消費すると、そのカロリーが安静時に脂肪で補われると考えています。
有酸素運動無用論者はつぎのように主張します。
・痩せるかどうかはエネルギー収支次第で、エネルギーの不足が体脂肪で補われるので痩せる。
・有酸素運動でとろとろ1Km走るよりも、100mダッシュを10本する方が消費カロリーがはるかに大きい。
・有酸素運動では筋肉が細る。無酸素運動は筋肉が大きくなるので基礎代謝が増大する。
しかし、この考え方は誤まっています。
カロリーは脂肪で補えますが、脂肪で糖を補うことはできないという医学上の事実の認識不足からくる誤解です。
糖質は余れば、脂肪になって蓄えられますが、いったん脂肪になった糖質は二度と再び糖質に戻ることが出来ません。
つまり、脂肪でカロリーを補うことはできますが、脂肪でグリコーゲンを補うことは出来ないのです。
上図をしばらく眺めてください。栄養素がいろいろな形に変化しています。栄養素が変化することを代謝といいます。私たちが食事をすると、
①糖質が、胃で消化されてグルコースになり、
②小腸で吸収されて肝臓に入ります。
③肝臓はグルコースを団子状に丸めてグリコーゲンにして貯蔵します。
④同時に、グルコースは血液を通じて全身の細胞や筋肉に送ります。
⑤筋肉はグルコースを科学的に安定なグリコーゲンに変換して貯蔵します。
栄養の貯蔵と代謝
上図は複雑ですが、エネルギーの貯蔵場所とその役割で考えると、下図のようにまとめることができます。
肝臓は、グリコーゲンを100g貯蔵できます。
肝臓にはグリコーゲン分解酵素が分布していて、血糖値が低下すると活性化し、グリコーゲンをグルコースに分解して血糖値を上げます。
肝臓はこのようにして、血糖値を一定に保つことによって脳にエネルギーを供給していますが、肝臓のグリコーゲンが残り少なくなり、血糖値が維持できなくなると、お腹がすきます。
筋肉は、グリコーゲンを全身で300g貯蔵しています。
ただし、筋肉はグリコーゲン分解酵素を持っていないので、空腹になってもグルコースを放出することはできません。
ですから、筋肉のグリコーゲンは空腹の助けになりません。
また、筋肉はグリコーゲン分解酵素を持っていないので、先のエクササイトレーナーが言うように、肝臓のグリコーゲンを使うなどということはできません。
筋肉のグリコーゲンは、本来は敵に遭遇したときに一目散に逃げる時のための大切な緊急用エネルギーなのです。ですから、普段はなるべく使わないようにしています。
私たちが貯蔵しているエネルギーの大部分は体脂肪です。
体重が60Kgで体脂肪率20%の人なら、12Kgもの脂肪を貯蔵していることになります。
その熱量は、86,400Kcalにもなり、水さえあれば、1ヶ月くらい何も食べずに生きていけるくらいのエネルギーを持っています。
私たちは膨大な量の脂肪を貯蔵していますが、1つだけ欠点があります。
糖質は脂肪に代謝できます。また、アミノ酸から脂肪を合成できます。
しかし、いったん脂肪に変換されると、脂肪から糖質や蛋白質を合成することはできません。
人は、糖から脂肪を作ったり、アミノ酸から糖を作ったりすることができます。
アミノ酸から糖を作ることを糖新生といいます。
人はいろいろな代謝ができますが、ただ1つできないことは、脂肪から糖を作ることができないことです。
このことが私たちのダイエットを難しいものにしています。
もしも、脂肪から糖が合成できるのでしたら、空腹になったら体脂肪が溶け出して血糖値を上げてくるので、ダイエットは非常に楽なものになります。
脂肪から糖が作れないので、空腹になったら、糖質を食べるしかないのです。
運動をするとお腹がすきますが、これは、脂肪でグリコーゲンを補うことができないからです。血糖値が下がったら、炭水化物か蛋白質を食べるしかないのです。
有酸素運動でとろとろ1Km走るのと、100mダッシュを10本するのを比較すると、100mダッシュの方がはるかにお腹がすきますが、それは、体脂肪でグリコーゲンを補うことができないからなのです。
運動強度と24時間の脂肪燃焼量
下図は、最大酸素摂取量の40%の負荷で運動を行った場合と、70%の負荷で運動を行った場合の、24時間の脂肪の消費量を測定したものです。
この実験では、男女8人に2日間ずつ気密室に入ってもらい、最初の一日は低負荷の運動をしてもらい、次の日には高負荷の運動をしてもらって、24時間の脂肪の消費量を比較しました。
40%負荷で400Kcalを消費するには、ウォーキングマシンで3時間歩かなければなりません。
70%負荷ではランニングマシンで1時間10分ほど走ると400Kcalを消費できます。
Fig1は、運動で消費されるグリコーゲンの量、Fig2は、24時間で消費された脂肪の量です。
この実験結果は、低強度の運動では糖の消費が少なく、代わりに脂肪の消費量が多くなります。
高強度の運動をすると、糖の消費が多くなり、脂肪の燃焼量が少なくなります。
消費カロリーが同じなら、糖の消費が少ないとき、脂肪の消費量が多くなり、その逆なら、脂肪の消費が少なくなります。それは当然の話です。
上の図で男性を例にとると、高強度の運動をした日の脂肪の消費量は低強度の運動の日の2割がた少なくなっています。
ある女性が、ジムに通ってマシントレーニングをしたら、カラダがごつごつしてきたけど、脂肪はちっとも減らないし、体重も減らないと嘆いていましたが、マシントレーニングと有酸素運動では、鍛える筋肉の目的が違うのですから当然です。
筋肉のエネルギー源
上の実験では、40%負荷の運動と70%負荷の2つの運動だけで比較していますが、有酸素運動については、古くから多くの研究がおこなわれています。
下図は、筋肉が使用するエネルギー源の比率を1500m、10000m、マラソン、ウルトラマラソンについて公表されている数字を棒グラフにしたものです。
筋肉は安静時には脂肪だけを使用します。
そして、スピードを上げるときにだけ、グリコーゲンを燃やしてパワーを出します。
1500m走、10000m走では使用エネルギーの殆どがグリコーゲンで占められます。
マラソンレースでは、使用エネルギーの70%がグリコーゲン、20%が脂肪、残りの5%が血液中のグルコースです。
ウルトラマラソンでは、脂肪の使用比率が約70%に上昇し、グリコーゲンが20%、血液中のグルコースは5%です。
どちらも、血液中のグルコースは5%以下に抑えられています。
これは、血液中のグルコースは脳エネルギーとして使用されるものなので、筋肉によって使用されないよう制御されているからです。
冒頭のエキササイストレーナーがいうような、筋肉や血液中に蓄えられた糖質がまず使用され、それらの燃料が枯渇してくると、次に肝臓に蓄えられた糖質を使用したり、体脂肪を非常燃料として使い始めますなということにはならないのです。
空腹で運動すると筋肉が分解するというのは本当か?
空腹で運動すると、脂肪が良く燃えるが、体に悪いので健康のためには、何かを食べてから走るようにしましょうなどと書いてあるサイトがあります。
某大塚製薬やサプリメントメーカーなどが商品の販売のために、そのような書きかたをするにはしかたがありませんが、メーカーの宣伝を鵜呑みにして、空腹で運動するのはよくないなどと吹聴するのはどうかと思います。
下図を眺めてください。
人体の蛋白質の需要量は一日あたり230gです。それに対して、成人男子の蛋白質の摂取量は60gです。
人体には、一日の蛋白質摂取量の約4倍のアミノ酸がアミノ酸プールを経由して貯蔵されています。
空腹時に運動し、血糖値が低下すると、肝臓はアミノ酸プールのアミノ酸から糖新生して血糖維持します。
絶食を続けると、アミノ酸プールのアミノ酸が不足してきます。
そうなると、筋タンパクが分解されて糖新生されることになりますが、健康な人が一日3食食べている限り、空腹時にランニングしたからといって、筋タンパクが分解されるなどということにはなりません。
BCAAアミノ酸
http://www.otsuka.co.jp/a-v/bcaa/movie/
上の動画を見ていると、筋肉がどんどん痩せているような気がしますが、そんなことにはならないのです。
コルチゾールが筋肉を分解する
アドレナリンは運動時に分泌されるホルモンで心拍数、血圧、血糖値を上げます。
これらのホルモンはストレスホルモンで、どれも血糖値を高めますが、これらのホルモンの作用で筋肉が分解されるのではありません。
インスリンとグルカゴン
血糖値を一次的にコントロールしているのはインスリンとグルカゴンです。
下図のように、一日3回、食事ごとにインスリンが分泌されて血糖値をコントロールしています。
一方、コルチゾールも血糖値をコントロールしますが、下図のように一日に1回、早朝にピークに達し、夕方からは低下します。
ダイエットの空腹感をコルチゾールの作用で説明するのは、勘違いだろうと思います。