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子育て支援は全年齢層でサポートすべきだ!

この春も統一地方選があり、どいつもこいつも福祉や子育て支援の事を適当に言っていれば新たな票が獲得できるんじゃないか?なんて見え見えの戦略だった気がする。
子育てって、ママだけが子供を育てながらパートで出たり、スキルアップの機会があれば出来るのか?

仕事内容や家族構成、将来、どのように育って欲しいと言う事情は家庭によって違うわけだから、本当は50歳くらいのおばあさんが働いてママは専業主婦として子育てに専念したほうが良い家庭もあれば、ひきこもりの青年を抱えている家庭もあるはず。
寿命が長いので、特別な病気や怪我をしない限り、70歳くらいまで働ける人も多くなった昨今で、若いママだけを支援して良い子が育つのだろうか?
政治家や官僚の家庭で共働きなんかすごく少ないと思う。
奥さんにキャリアや能力があっても、大抵は専業主婦で夫や子供を支えているが、そういう生き方だって立派な女性の選択した生き方であるし、それによって世襲とも言われるくらい優秀で同じ志を持った子供が活躍しているのは、誰でも知っている事である。

私は、まずは結婚し一家の大黒柱となる男性がしっかりとした職につけるように、学校を中退しても、途中で会社を辞めてしまっても、巻き返しができるような支援センターを充実させるべきだと思う。
男性の職が安定すれば、結婚し、子供を作る人も多くなる。
そして、子育てだが、女性を活用するというのが本当の目的であれば、仕事に向いている女性もいれば、家庭に向いている女性もいる事をもっと、行政がしっかりと把握すべきなのである。
お婆さんだって、お爺さんだって、引退して隠居に向いている人もいれば、まだまだ現役で働きたい人もいるはずだ。
この家庭の場合は、誰が介護して、誰が子育てして、誰が働いて、誰がパートに出て、どんな行政や民間のサービスを受けると幸福に暮らしていけるのか?家庭を一つのチームと考えて、年齢や性別を問わず学習や就職の機会を提供しなければ、今の日本の少子化も、人口減少も税収益の増加も、子供や老人など弱い立場の人を巻き込んだ事件も解決しないと思う。

例えば、現役時代は現場主義のお父さんが退職してパソコンをするようになって充分にパソコンを使ったパートなどが出来る実力を持ちながら、子育て支援の名の下に若いお母さんだけに求人が絞られて、スキルを活かす場が無い、かといって老人ホームのボランティア程度では物足りない人もいるかもしれない。
社交的で人付き合いの好きなお姑さんが、家に引きこもって孫の育児なんかやりたくない、接客販売業など人と関わってもっと自分の世界を広げたいと思っているかもしれない。
そして、その希望を活かしてあげたほうが、家庭内の人間関係も良くなるし、スキルや収入のアップにもつながるのではないだろうか?
勿論、同性愛や男女逆転カップルの家庭だってあるわけで、誰でも正当な機会があれば家族と相談して様々な生き方を選択できるわけである。

母一人、子一人のシングルマザーがナゼそんなにいるのか?
彼女たちだって、子供を認知してくれる父親、シングルマザーの両親、親戚、兄弟など特別孤児で育った人以外は、誰かがいるはずである。
なぜ、疎遠になって一人で子供を育てなければならない境遇にあるのか?
勝手な事をしているからである。だったら、勝手な事をしないようなきちんとした社会人としての生活をするように、家族の協力を求めたり、疎遠になっている親戚を仲介して賃貸契約や就職時の連絡先になってもらうようにしたり、家族や親戚をまとめて、一つの一家が何らかの形で助け合って、それぞれが充実した生活ができるように支援すべきなのである。

シングルマザーが、起業して金持ちになった途端に家族や親戚が増える話は良く聞くが、要はそういうことである。
それには、家族の誰が、いつの時期に、どういう役割を担って子供を社会に送り出せるようにきちんと育てるか?臨機応変な考え方と対応が必要なのである。

健康を保つ為の工夫は必要かも

太らないための工夫 ブログネタ:太らないための工夫 参加中
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太っていない事が良いって?一体いつから?誰が決めたのでしょうか?
私の記憶では、モデルのツイギーと言う人が世界的に人気になって、文字通り小枝のツイギーのような細い手足、細い身体で可憐な雰囲気をかもし出していたのですが、その頃からでしょうか?
それまでは、歌手や女優さんも比較的自然だったように記憶しております。
太っている人は、太っている事を活かした役だったり、必ずしもヒロインだから痩せている必要もないような?当時は、着物姿の女優さんも多かったですし、映像の撮り方も上半身やアップが多かったのかもしれませんが、体型がどうこうと言う事は、あまり気にならなかったように思います。

ほっそりしていて背の高い人が好まれるようになったのは、テレビでアクション物や刑事ドラマにもパンツスーツの女優さんが出てくるようになってからでしょうか?
宝塚の女優さんだって、それまでは必ずしも背が高く痩せていたわけではなかったかと思います。
日本を代表するファッションデザイナーの方々が、パリコレなんかに出展するようになり、海外のほっそりしたモデルさんを見る機会が多くなってきた事も、影響されたかと思います。

要するに太っていない事が良いって事は、こういった流行やマスコミに作り出された物であり、私達は、悪徳新興宗教のごとく太らない工夫をしなければいけないと思い込まされているのではないかと感じるわけであります。

人はそれぞれ、持って生まれた骨格やスタイルがありますから、体重が多くても骨や内臓が元々重い場合は健康に悪いわけではないですし、重くても鍛えられた筋肉の重さであれば、それも問題ありません。
いくら痩せても、格好が悪い人もいるわけで、それは単にスタイルが悪い、自分の姿勢や立ち振る舞いが悪い場合もありますが、遺伝的に極端にバランスが悪かったり、痩せようが太ろうが洗練されたスタイルにはならない方も多くいらっしゃいます。
胴の長い人が、無理に痩せたりすると胴の長さを更に強調するようになり、かえって見た目が悪くなるケースも多く見て参りました。

最近では、少し太り気味のほうが長生きする、コレステロールの値が高いくらいのほうが高齢者には健康な人が多いという研究結果もあるようですが、これも人、それぞれで子供の頃から痩せている人は、痩せている体型が普通なのだと思いますし、太っている人は太っているに耐えるように徐々に内臓や筋肉、間接が鍛えられているのではないでしょうか。
急激に短期間で体重が上下するのは良くないですが、糖尿病や関節炎など肥満による病気が無いのなら、太らない工夫なんかする必要は無いと思います。

しかしながら、世の中は矛盾が多く、そういう健康に気を配っていたり、検査に行ったりする人は太っていないのよね。野放しのデブに限って、何かあってもなかなか医療機関に行かないから、要するに怠惰だからなのかもしれませんが?突然死をしたりするので、太る事は良くないとクローズアップされてしまうわけです。
経済効果としても、太ると男女を問わずおしゃれをしない、身なりにかまわなくなる、食べ物も量が中心となるので高級店には行かない、高級食材を好まないなど、悪循環が考えられます。
正座ができなくなるので、日本の伝統文化やお稽古事からは遠ざかる、バスや電車、飛行機のエコノミーも乗りたくなくなるので、他地域との交流も先細る、いくら政府や民間で交通を便利にしても肥満が増えるとどうにもならない。

私は、太っている人の靴や洋服に何か装置を付けて、運動エネルギーを電力に変えると良いと思っています。いくら太っていて燃費が悪いとは言え、自動車やジェット機に比べると人間の食料エネルギー効率は非常に良いわけですから、自分が動く事で電気が生み出せると思えば、例えば散歩の時の懐中電灯やスマホの電力くらいは、自身で作れるなら動くんじゃないかなあ?
病院や施設でのリハビリも、自分がリハビリすることにより、自分の運動機能も高まるけれども電気も生み出すとなると、俄然、モチベーションが変わってきませんか?
生み出した電力分、入院費や通院費がたとえ100円でも安くなるとか?
こういう問題って、個人の主観や任意にゆだねても解決しませんよね。米国が良い例で、必要以上に太らないようにいくら呼びかけても、補助金出しても、肥満の人は増加するばかり。
公の施設や行政が、補助金を出すのではなくて、太っている人が太らない努力をすることによりメリットになるような半永久的な仕組みを作らなくちゃいけないのではないかと。

ブランディーを入れていましたが?

コーヒー、紅茶はなにか入れる? ブログネタ:コーヒー、紅茶はなにか入れる? 参加中
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私の家は父がモダンだったと言えば聞こえが良いですが、いわゆるミーハーだったのだと思います。
由緒ある出身ではありませんので、どちらかと言うと成金の出身ですから、ただの新しい物好きなのだと思いますが、昭和30年代からブランディーを入れて紅茶を飲んでいました。
紅茶もティーパックというのは、私の家にはありませんでした。
缶に入った茶葉で、産地はセイロン、若い方には馴染みが無いかもしれませんが今のスリランカの茶葉だったと思います。
物心ついた時から、紅茶にはティスプーン一杯のブランディと決まっていました。
砂糖を入れることはあまりありませんでしたが、砂糖を入れる時はスプーンの上に角砂糖を一つのせて、ブランディをかけ、火をつけてブランディを燃やしながら紅茶を注いであるカップに入れて飲んでいました。
父が砂糖を燃やして入れる時と、入れない時があるのはなぜなのかは今もわかりませんが、どちらかの方法で紅茶を飲んでいました。

ある日、幼稚園のお友達の家に遊びに行った時に紅茶が出されて、その家ではミルクティにして飲んでいたので、非常に驚いて家に帰って紅茶にブランディを入れないでミルクを入れていたと母に言ったことがあります。
現在のようにコンビニがあるわけでもないので、ミルクが入った紅茶のペットボトルや缶を見る機会も無く、製品も少なかったので自宅で飲む方法が唯一の飲み方だったのだと思います。
ブランディも父の気分により、VSOP、ナポレオン、ルイ13世など様々な種類を日によって入れるので、味の違いを言うように求められる事もありました。
子供ですから、どのように答えたのかは覚えていませんが、父の想像とは違う答えの時は浮かない顔をしていたのを覚えています。

大人になってお酒に強く、お酒で失敗する事が無いのは、この頃からの日常的習慣からだったのかと思います。
子供にアルコール入りの紅茶なんてとんでもないと思うかもしれませんが、冬の寒い日、夜、食事の後にテレビなどを見ながらマントルピースの前で飲むブランディ入りの紅茶の一杯が、何と美味しく、家族でリビングに集まって同じ物を飲んで美味しいとか何とか言って語らうひと時が何と楽しかった事でしょう。

父の紅茶の飲み方はその後、進化を遂げまして、ブランディと共にシナモンスティックを入れたり、紅茶そのものがアップルティやストロベリーティなどに変化する事も増えていきました。
当時は舶来品と呼んだのですが、輸入の紅茶とブランディの組み合わせを楽しんでいたのだと思います。

ロシアの方は果物のジャムを入れて飲むようで、場合によってはそういう飲み方も時々しております。
このブランディを入れる紅茶の飲み方は、私がその後、コーヒーにも取り入れまして、皆さんにおススメしたいのが、あまり美味しくないコーヒーが頂き物で有ったりして、どうしようかな?あるいは、期限切れすれすれのコーヒー豆を忘れて冷蔵庫から発見したりして、どうしようかな?と思っている時は、ゴディバのチョコレートリキュールと言うのがあるのですが、それを入れると程好いカカオの香りが立ちまして、まずそうなコーヒーが美味しい風味のコーヒーに変化します。
甘くはないので、大人の方にも、糖分を取りたくない方にも飲んでいただけると思います。

ぼったくられても屈しない

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海外では良くありますね。
日本人だと思うとタクシー代なんか倍くらい要求してくる事ですとか、日本語のメニューだけ倍くらいの価格になっていたり、ホテル代も日本人が法人で予約すると現地の料金より高く見積もってくるなど。
私は、ぼったくられても屈しません。
タクシー代をぼったくられた時には、交番の前で止めてくれと言いました。
このタクシー代が妥当かどうか地元の交番で聞いてみるからと言いながら、タクシーを降りたらタクシーのほうがサッサと去って行ってくれましたので、事実上?私が無線乗車した形になったのかしら?
日本語のメニューを出された時も、英語のメニュー見せてくれと言いましたし、ホテル代も他の国からインターネットを使ったら半額くらいで予約できました。
まあ、日本人はあまり値切らないですし、カード払いもブラックリストの方が少なくて比較的信用できますから、ぼったくりの世界的ターゲットとも言えるわけです。
お金の有る方で、いちいちめんどうな方は払っていただいてもかまいません。ぼったくりと言うよりは、ある種、日本人相場みたいな風潮がありますので。
貧富の差が激しい国では、多くお金を払った人に良いサービスをするような傾向がありますから、それで日本人が丁寧に扱われて、安全が守られているのかもしれません。
時には、現金をちらつかせて特別な事をしてもらったり、知恵とお金は使いようのような側面も一概に悪いとも限りません。
そりゃあ私も、我ながらマフィアみたいな真似をしてと思う事もありますけれども、治安が悪かったり、日本と全く事情が違ったりすることもありますので、あまりケチケチしていると、ろくな目に合わないと思える場面もありますし、その辺が、色々、経験と直感なのだと思います。
明らかに相手に悪意の有る場合は、屈したくはないですけれども、親切で余分に要求してくる場合もあるわけです。

楽しい事が辛い事を超える

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仕事は楽しい?
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仕事は、遊びとは違って面白おかしい楽しさはありません。
でも、自分一人では到底出来ないような大きなプロジェクトや計画を、同じ目標を持った仲間と達成していく楽しみ、お客様や関係者、関連企業などの役に立つ、喜んでもらえる充実感と言うような楽しさは仕事でなければ味わえないのではないでしょうか。
勿論、失敗のリスクや人前で恥をかく事もあるわけですが、そういう体験を通して自分が成長していくのを自分で確認できるのも仕事の醍醐味です。
仕事でなければ、覚えられない事もありますし、切羽詰った状況で沸いてくる自分の力もあるでしょう。
思いがけない場面で、思いがけない会社や団体、人々が助けてくれたり、業種間でライバルがあったり、お金と言う名の下に腹黒い動きを見る事もあったり、様々な事がありますが、長い目で考えると楽しい事が辛い事を超えてくれるので、仕事は基本的に楽しいと思います。

単調な日常に面白味を感じなくなっている方は、何か少し贅沢な物を、そうですねえ。あまり高価な物でも良くないですから、お給料の2倍くらいの物を思い切ってカードか何かで買ってみてはいかがでしょうか。
時計でも、宝石でも、着る物でも、電気製品でも、趣味の物でも、何でも良いですが、ちょっとこれだけは今、自慢できるというような物を買って日常的に使ってみて下さい。
当然、支払いも残っているわけですから、少しでも多く稼ぎたいと欲がでてくる、残業も、出張も、苦手な仕事も、ジャンジャンやらなくちゃいけないと思い込んでくる。
スキルアップして、何とかお給料が上がるようにならないかなあ。なんて思ってくると、興味の無い仕事も面白くなってくるわけです。
真面目に仕事に打ち込んでいる姿勢は、周りの人々にも良い影響を与えますし、上司が認めてくれたらラッキーですが、職場の仲間も協力的になってくれたり、お友達関係が深くなったり、中には一生懸命やっている姿に魅かれたと、思ってくれる異性ができたりする方もいらっしゃいます。
懸命に仕事をすると疲労感も出てきますから、食べ物も考えるようになる、生活全体がエネルギッシュになってくると、本当に人生が何もかも面白くなってくると思います。
私は、こういった現象を贅沢消費による活性化と考えています。
贅沢だったり、欲が有ったりということが、あまり良くないと教えられている人もいらっしゃると思いますが、節約すべき点は節約して、何か一つくらいは豪華一点主義のような分野を自分の中で作ると効果があると思います。
逆に、はっきり言って貧乏臭い志向も、消極的な志向も、馬鹿もウイルスのように伝染します。
昔は良く、疫病神、貧乏神と言いましたが、見るからにご質素過ぎて、エネルギーも無く、どうしても、ネガティブな殻から出られない人がいらっしゃるのですが、何事も活力と華やかさが無いと、ただ努力だけでは達成されないものなのです。
学校のペーパーテストなら、努力と才能だけで何とかなるでしょう。仕事は、3次元も4次元も幅の広い自分の言動、声のトーン、品格、知識、行動力、説得力、印象など様々な要素が一つになって、決して全てが優れていなければいけないという事ではありません。
自分の中の一つ一つの力の要素を結集させて、総合力を大きな覚悟や内なるエネルギーで押し出すようなイメージで取り組んでいくと、面白くなるものなのです。
勿論、そのように行動していても、社会情勢や災害など努力とは関係ない事で打ち砕かれることもあるでしょう。
仕事の厳しさは、打ち砕かれても立ち向かっていかなければならない側面にあるとだと思いますが、それでも立ち上がって行ける人だけを運が有る人と呼ぶのではないでしょうか。
日本の皆さん、特に若者の皆さん、とにかく行動してチャレンジしてみて下さい。
面白いか面白くないかは、意外とご自分の心の中にあるかもしれません。

会いたいと思う場合は?


初恋の人に会いたい? ブログネタ:初恋の人に会いたい? 参加中
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会いたいと思う場合は、本当に初恋で綺麗に終わっている場合ですよね。
それと、年月がものすごく経っていて、男と女と言う意味ではなくて従妹や幼馴染に会うように又、飲み友達くらいになればいいなあって思う場合で、本当にそういうお友達になるケースもありますね。30年も40年も経つとですけれどね。

まだ若くて自分の力ではどうにもならなくて、どちらかが引っ越してしまったり、転校してしまったりした初恋は、何となく会ってお別れも言えなかったとか、満足に相手のお幸せを願っている事をお伝えすることもできなかったとか、会って言ったほうが良いのではないでしょうか。

初恋でなくても、現在、恋愛中の方にも言えるのですが、人生、先には何があるかわからないから、万が一、お別れする時の事も考えて、自分が好きだった人にはたとえ別れても、良い思い出でいてもらいたいなあ。と頭において置いて下さいね。
そうすると、必要以上に相手を傷つけたり、自分を省みることができなかったりする突発的な行動が抑制されて、同じ事で喧嘩するにしてもお互いの立場を考えた意見交換ができると思います。
いくら慣れた相手でも、ドロドロになってしまっては偶然、道で出会っても気まずくなります。

SNSで将来共通の友達を通して、近況を知る事になるかもしれないですし、相手が何かで有名になるかもわかりません。
勿論、喧嘩別れする時は「あんなやつ二度と会いたくない」と思う事もあるわけですが、自分を注意してくれた事を懐かしく思ったり、喧嘩するエネルギーがあった若さを懐かしむ事もありますよね。
病気にでもなれば、本当に相手の痛いところは突けなくなりますから、寂しいものですよ。

会いたいなあと、後で思えるような初恋や恋愛を是非、してくださいね。

あ、それから、私の周りで突然、晩婚でゴールインする人って昔の恋人と適当に別れてますね。
自然消滅みたいに忙しいとか何とか言って、上手に適当にです。
何年か経って偶然再会したら、急に気が合ったとか、どちらかが離婚していて状況が変わっていたとか、きっちり自分から嫌いだとか言わない人が多いです。
ご参考までに。


昔はスナックしかなかった

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スナック行ったことある?
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カラオケボックスなるものが登場する前は、カラオケを歌うのはスナックしか無かった。
特にカラオケが好きではないが、流行し始めた頃はスナックで歌うというのも楽しい思い出である。
カラオケが無い本当にカウンターだけのショットバーみたいなのもあるが、スナックと何が違うのかしら?ママが居ないのかなあ?
とにかく、狭い空間で仕事が終わった後、地元の人が集まって、中にはご常連さんも居たりして、食事の事や仕事の悩み、家庭の悩みなどもママやマスターに聞いてもらっているお客さんも多く、居合わせた人、皆が一緒に考えたり、励ましたり、心の通う場なのではないだろうか。
お祝い事やお誕生日があると、皆でお祝いしたり、ただ一緒にお酒を飲んでいるだけなのだが、
仲良くなれるよね。
異業種交流会なんておおげさなタイトルで、会員になったりしているけれど、昔のスナックなんて誰もが気軽に行ける異業種交流の場だったのではないだろうか?
勿論、そこで仕事の話が決まることもあるし、新人の営業さんの成績に皆で応援してあげたりしましたね。
お酒の酒類や、カクテルの名前、音楽、食器や絵画の事などもマスターのうんちくに付き合っているうちに博学になったり。店の調度品を批評したり。

変なプレゼンや心理カウンセラーなんか、お酒の席に出てきて、ドン引きの異業種交流会なんかよりずっと有意義な場ですよね。
酒飲んで、お金払ってカウンセラーって?どういうこと?遊びは遊びで享受しなくちゃ何にもならない。中途半端な大義名分つけて飲みに行く必要なんてないと思う。
そういうのは、昼間のちゃんとしたセミナーで、行きたい人だけが行けば。

都市開発などで小さなスナックやバーが無くなる町も多いですが、そういう小さな場所に人間の活力の元があったりして、チェーン店やスターバックスでは味わえないんだなあ。
何処でも同じメニューで、同じ器のチェーン店では文化も無いし、地元の活性化にもならないで大手の企業、ほとんど都内本社の会社にお金が流れていくだけですね。

シングルマザーでお酒も飲めないようなママが、一人で頑張っているスナックがあったり、黙々とカクテル作っている根暗のマスターが仕事をしていたり、オカマのママが居たり、ちょっと人生につまづいた人や変わった人でも、毎日楽しく働く場でもあるし、お客様も職場では会えない人生観を持つママやマスターに話を聞いてもらったり、聞いてあげたり、そういう人間同士の心の交流が、ショッピングモールやチェーン店で出来ますか?
地方活性化というと大手チェーンの誘致なんかしか頭に無い自治体の政治家には、是非、考えてもらいたいなあ。
文化と真心を中心にした街づくりって、どうしたら多くの人に伝わるのかしら?

花粉症ですが何か?

花粉症?【投稿で現金1万円が当たる!】 ブログネタ:花粉症?【投稿で現金1万円が当たる!】 参加中
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花粉症暦20年くらいのベテランですが、特に不自由はありません。
市販のアレジオンと同じ成分のエピナスチンとか、エピナジオンと言う薬を処方してもらっています。
最大に違うのはミリ数です。アレジオンは10ミリですが、私は20ミリをジェネリックで飲んでいます。
薬品名を言えば、誰でも処方してもらえるのではないでしょうか。
欧米の方は50ミリとか60ミリとか飲んでいますので、日本では何ミリまで一日に飲めるのかはわかりませんが、症状のひどい時は時間をおいて少し余分に飲んでも、他に疾患が無ければ大丈夫そうです。
これにより、鼻水や目のかゆみなどは改善されます。
副作用として、胃腸の調子が悪くなる場合が私はありますが、原因がわかっているので気にしていません。元々、ギョウチュウが居る人は花粉症にならないとも言われているので、何か胃腸の調子に関係有るのかも知れないと思っている程度です。
日常は、特にマスクやサングラスはしていません。
仕事上、怪しげに見えるのも困りますし、春の精神的には明るくなっていく季節に容姿からあえて暗い印象にしたくないですし、おしゃれも楽しめませんから。
マスクをしている人をよくみかけますが、多分、あの下はすごい事になっていると思いますよ。
鼻の下は鼻水だらけで、ただれてくるし、一日に何度もマスクを変えたりしているのであれば別ですが、かえって不衛生ですし、声がこもって仕事によっては人に迷惑をかけます。
花粉症だと言いながら、薬を飲みたがらない、命にかかわらないのでお金をかけないで時期が過ぎるのを待つ人が多いですが、問題外だと思います。
世の中には、もっと困難な境遇でもきちんとした日常を送っている方が大勢いらっしゃいます。
適切なご自分に合った対策を見つけて、快適な日々を送るよう心がける事が一番です。

何年も花粉症を放置しておいて、蓄膿症になったり、耳が聞こえなくなったり、感染症になった人のお話も良くお聞きします。
お勉強やお仕事をしている人は、鼻水やかゆみで集中力が無くなって別の意味で大変な事になる場合もあります。
ご自分だけのことならまだしも、家族や周りの方に迷惑をかけるようなミスがあっては取り返しのつかない事もございます。
考えてみれば、歌手の方やアナウンサーの方だって花粉症を克服して美しい声を出す仕事をしているわけですから、人間、やって出来ないことはないと思います。
プラズマクラスターや加湿器、空気清浄機なども多く出回っていますので、利用してみてはいかがでしょうか。
何でも手間とお金をかけないと、次に踏み出すことはできません。
この季節だけ、大好きなグルメやスイーツ、趣味や遊びを少し我慢して、花粉症対策に専念して皆さん、生活の基本となる仕事や家事、子育て、お勉強に力を入れなくてはいけないと思います。

大きな家具屋について

大きな家具屋のお家騒動とも一見取れる問題がニュースになっていますが、私は親子喧嘩でも何でもないと思っています。
お金の為に喧嘩をさせている誰かが、多分金融の方だと思いますが、いらっしゃって当人たちはお人形劇みたいに、見事にシナリオに載って演じさせられているのではないでしょうか。

高級路線を貫くか?カジュアル路線にするか?なんて何処の会社でも議題になる事で、社会情勢や景気に合わせて、極当たり前に色々考える事です。
頭の良い人々が、そんな事で家族の誰が無能で誰が経営者にふさわしいかなんていう、恥さらしな事を全国に知らしめて、赤っ恥をかいてまで解決する問題ではありません。
おかしいと思いませんか?ブランド名を変えるなどして、両方の店舗を作るとか、子会社や関連会社を作って新たな路線を開発するとか、あるいは全国でつぶれそうな家具屋なんかざらにあるわけですから、どこかを買収するか資本を投入して、関連会社にして高級だろうが、カジュアルだろうが、ドンドンおやりになれば良いだけのことです。
おそらく、これまでの規模の会社になっているとコンサルティング会社も入っていますから、様々な提案をしていると思いますし、まあ、ちょっと考えれば、こういう景気が動きそうな時は特別大赤字を出していない限り、少し社会情勢の様子を見るというのもあるわけです。
無理に、今、どうしても女社長の提案するようにしなければならない理由は何なのでしょうか?

多分、しばらくすると皆さんにも答えがわかると思いますが、外国投資会社なんかに条件を出されて言いなりになっているのではないかと推測します。
あくまでも推測ですけれども、旧経営陣はそれらの事が薄々わかっているので強固に反対しているのではないでしょうか。
あの女社長の出身校からは、革新的なその手の会社の人も多く出ていますし、インターネット販売でも非常に有名な方がいらっしゃいますよね。
イベントやパーティでも美人だから、色々、お金の面でもお誘いがあるんでしょうね。
新しい次世代型のビジネスモデルだなんて言われると、家具屋さんには魅力があるでしょう。

イタリアの有名企業のように、株式公開なんかしないでファミリービジネスで世界制覇を目指したほうが良かったのではないでしょうか。日本人の働き方や物の作り方って、この会社に限らず、そういうビジネスの仕方が向いているような気がするのですが、どうなのでしょうか。

高級家具の会員と言うステイタスも、日本のように無形の伝統を財産の一つとして考える国民性には合っていたように思います。
本当に夢のような家具が揃っていて、好きだったのになあ。何処にでもあるような安物家具屋に
なってしまうのでしょうか?

それとも、家具以外で別の事を考えているのでしょうか?

例えば、家具にインターネットや医療器具のモニター機能が付いている物などを中心に、大手電機メーカーやIT産業の方と手を結ばなくてはどうしてもやれないような革新的な事を考えていて、家族との縁を切ってまで成し遂げなければならない、壮大な計画があるのでしょうか?
家具でインターネット、パソコン、病院や施設を結びつけるとか、学習機能、例えば家具を買うだけで放送大学や塾のような機能を備えていて、自宅にいながら単位を取れるとか?
めんどうな手続きや入学願書のような書類も無く、誰でも家具の購入と同時に本人確認が出来て受講できたり、医療のアドバイスや処方箋が受けられるような商品ですとか。
家具にモニタリング機能があれば、犯罪の防止や警察の通報もできるわけですし。
ひきこもりや孤独死のような社会問題も一部の人には、解決の糸口になりますよね。
家具屋にとっては、個人情報も手に入りますし、受講料やコンサルティング料もあらかじめ家具の割賦払いと一緒に銀行口座から引き落として、家具屋にバックマージンなんてね。
私なら、そこまで考えちゃうんですが。クレジット会社も絡ませられるし、リース会社も。。なんて、私は悪人なのでしょうか?

いくら大手銀行に勤務していたとしても26歳くらいまでしか働いていなければ、そんなに外国投資会社の幹部の方とお親しくなることはないと思いますから、家具の仕事の中でどなたかに紹介されたかしたのでしょう。
金融は、皆さんが思っているよりも実態は男社会ですからね。
美しい人は気をつけてくださいよ。何処ででも目立ちますから、様々なお誘いがあるのでありますが、そこそこお金を動かせる立場にいたりすると、結構大変な事に巻き込まれてしまいますよ。
美しい人こそ人目に付かない仕事をしたほうが、お幸せになれるのですが、ご自分も自信があるし、周りの方も若いときから目を付けちゃいますから、なかなか縁の下の力持ちにはなれずに、家族や会社を支えると言う立場にさせてもらえないのでありましょう。

誰かいるんだろうなあ?あの親子喧嘩を全国ネットでさせながら、お金儲けを考えて心の中で笑っている人が?大○家具って言う面白い会社があるんだけど、なんて、仲間内で色々、考えているんだろうなあ。その人と知り合いになりたいなあ。

夫人文学における主婦を考える

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私の世代は、幼い頃から文学に接してきた。
その中には、チャタレイ夫人、ボバリー夫人、エマニエル夫人、映像の中でも真珠夫人、カマキリ夫人から夫人と言う立場は、財産や知識、意思に関わらず何らかの制約があり、その中で折り合いをつけようとする夫人も居れば、自分の自由を尊重し、常識を逸脱しても蝶のように飛び立つ夫人も居た。
単なる官能文学と言えばそれまでだが、その中に結婚観や主婦として最低限の役割や自分の意思に関わらず伝統や家柄を重んじる文化も見え隠れした夫人文学と思う。
漫画の中のお蝶夫人でさえも、独身の若いスポーツウーマンにそのような名称を付けたのは、上記のような意味合いもあろうかと思う。
私の考えは古いかもしれない。しかしながら、人を愛することの原点を考える時、愛とは相手の幸せを願い、望むことに従うことであると思う時、主婦と言う立場の自由が奪われるのは否めないと思う。
日本では、主婦には所得税の控除もあり、基本的生活基盤が守られている。
それは、働く夫を支え、子供を育てる女性と言う女性そのものの本能的営みを逆に尊重しているのかもしれない点も有ると思う。
その中で、多少の期間、子育てに追われる、姑や舅に仕えるということがあっても、自分の選んだ道で与えられた課題だと考え、懸命に生きるべきではないのだろうか。
夫がその間、よほど遊び人の夫ではない限り、外で働くからと言ってどれほどの自由があるのだろうか。
一生、自分の好きな事ができないわけではない。日本人の寿命から考えると80年、90年生きる中での多少の年月を愛する家族の為に全力を注ぐのも悪いことではないだろう。
嫌なら、国が何と言おうとも、政策がどうだろうとも、親が何と言おうとも独身で暮らせば良いだけのことである。
恋愛関係で適当に遊びながら、独身を貫くことだっていくらでも出来る世の中に住んでいながら、主婦の自由がどうたら、こうたら、と言う議論も理解しがたい。
どれだけ好き勝手な生活をしたら気が済むのか?
夫が悪いと言う意見も多く聞くが、その夫を選んだ自分がそもそも人間を見る目が無かった。
世間知らず、教養不足、人間としてどうなのか?と問い詰められたらどうなのだろうか?
同じレベルだから、気が合ったのではないのだろうか?うわべだけしか見ていなかったのではないだろうか?
人間は、自分の生い立ちや体験以外の世界を知ることが苦手であるがゆえ、文学や映画、最近では様々な地域のニュースやドキュメンタリーが存在する。
若い女性は、○○夫人と名の付いた夫人文学を是非、読んでもらいたい。
その中で、自分が幸せになれそうな夫人像、主婦像を想像し、自分に課せられた制約が人生の中では大したことはないと、前向きに捕らえていただきたいし、主婦が家庭を大切に思わなければ崩壊していく悲劇も理解していただきたい。
制約が有る幸せもあれば、食事を作ったり、世話をする幸せもある。
子育てだって、子供の成長を毎日見られるのは、大半の人にとって楽しい事に違いない。
主婦は楽だと思うと言うよりは、家族を支える機会を与えてもらったと考える時、全ての事が光り輝いて見えるのではないだろうか。
辛いこと、悲しい事は、時が解決してくれると昔の人は言っていました。
人間の脳は本当に都合が良くできていて、現在、非常に苦しいことも20年後、30年後には苦しさが薄くなって、喜びが満たすようにできているのであります。
頭の良い、記憶力の優れた人でも、同様な体験をしているわけですから、頭に自信の無い方は特に、もっと、忘れていることでしょう。真面目に生きてさえいれば。