いぢられキャラという言葉がある。
他人から馬鹿にされやすい人間のことを言うのだそうだ。
問題は加害者側が馬鹿にしている自覚がないところだ。
仲がいいと思っているのだ。
仲がいいからちょっかいをかけていると思っている。
ややもすると被害者でさえそう勘違いしているというから目も当てられない。
まるでどこにもゴールのない迷路だ。
大人には解けない迷路などというものが最近話題になっている。
実際にやってみるとなんてことはない。出口はないのだ。
スタートラインにある青い星。
そして決して超えられない壁の向こうにある赤い星。
大人は赤い星がゴールだと思い込んでしまう。
どこにも突破口などありはしないのに。
子供はそれにいち早く気づいて、ゴールはないと結論づける。でも大人はゴールする方法が何かあるはずだと考え、いつまでも思い悩む。だから「大人には解けない迷路」だ。

本当にそうだろうか。

「いぢられキャラ」をめぐる子供達の心理は、「大人には解けない迷路」に思えて仕方がない。

いつまでも探すのだ。
出口のない迷路の中で、そこが迷路であるとも気づかずに。
歩いて走って立ち止まる。
足が痛くなってもなお、出口のない迷路にいどむ。
この世界は、見えないことだらけだ。
つかめないものばかりだ。

新聞や雑誌はネットニュースに一歩遅れ、今日も稚拙な痴話を垂れ流している。
芸能人がどうしたとか
健康にいいのはあの野菜だとか
どれもこれも「大人に解けない迷路」ではないか。

地下街の喧騒から大きなガラス窓一つ隔て、ジャズの流れる喫茶店で、使い古しのダウンジャケットを着込んだ男はそうぼんやりと思っていた。
不意に人差し指で水の入ったグラスを指差し、「こい」と念じる。
その瞬間、テーブルの上のグラスは音もなく男の手に収まった。
だれもその異常さに気づかない。男に注目するものなどこの店にはいない。みな自分の身の上や、私生活の愚痴をイキイキと死んだ目で語り合っている。
「大人に解けない迷路」とはよく言ったものだなと男は思った。
テーブルの上の携帯電話が鳴る。
送られてきたメールに目を通し、男はうんざりだといわんばかりにため息をひとつついた。



この世には、人に見えて人でないものがたくさんいる。人間の知覚を超えた存在がたくさんあるのに、人はその存在を知らない。

政府の手によってひた隠しにされるネイキッドと呼ばれる哀れな存在もそのひとつだ。
ネイキッドには固有の能力がある。
人類がかつて持ち得なかった異能。
世界を動かす者はその異能を怖れ秘密裏に隔離した。

いまからおよそ20年前にはじめて確認されたネイキッド、それがこの男だ。

携帯が鳴る。
定時報告の時間だ。

「はい」
不機嫌そうに一言電話に出る。
薄く平たい精密機械の隙間から、事務的な声が聞こえる。
「今日も問題はみあたらない。スマホと仕事があれば世はことも無し、だ。」
いたずらに能力を使わず、真面目に仕事してくださいねと念を押される。
起きる時間から排泄の回数まで監視されている身の自分に、何を念を押す必要があるのかとつぶやいてみる。監視したくないから質問しているのだと返答され、あまりの詭弁さに男は吹き出した。
「粛々とこなすさ。なにかあったら連絡する。」
相手が何か言っているようだったがかまわずに男は通話を終えた。先ほどのメールの内容を思い出した。
ーーー警告。能力の使用を確認。不用意使用に注意せよ。

「さて。」
重い腰を起こす。
喫茶店の外を流れる雑踏に混じるために。
会計を終え、不自然に間延びした店員の声がけを受け流し、人の流れに入ろうとしたその時。
遠くから雑踏とは明らかに違うざわめきがするのに気がついた。
ちっ、とひとつ舌打ちし、男は声のする方へ歩みを進めた。