一口、また一口と陶器のカップを口元に運んでは溜め息を吐く
急いで駆け込んだ喫茶店で少し濡れていた髪はもう既にパサパサに乾いていた
読みかけの小説も開いたままの携帯にも目を通す気にはなれなかった
そう、視線はずっと目前の改札口に奪い盗られてしまっている
魅惑の改札口からは色とりどりの傘が主人の頭上に大輪の花を咲かせ次々と去って行く
主人を濡らすまいと健気に雨粒を一身に受けながら
それなのに…
冷たい雨粒をこの身体で思う存分受け止めた
今日この頭上にはそんなモノですら存在しないのだから
3年前
学校近くの商店街の一角にある本屋で何度もその姿を見て
2年前
偶然学校の廊下でその姿を見つけた瞬間、心臓が止まってしまうかと思った
それからこの存在を知って欲しいが為に必死になって
現在
互いの同じ指に同じ形の綺麗な輪っかを輝かせている
窓際に座り続けて小一時間
硝子に写る自身の姿を細目で睨み溜め息を吐いて目をそらす
もう喉を潤す琥珀色の液体も姿を消していた
互いに忙しいから
互いにやるべき事が有るから
2人の間に無言の約束事がいつの間にか結ばれている
どちらからともなく
「束縛」
の2文字を何処かへ追いやってしまっていた
そう、
だから何時もこうして待っている
大抵貴方は忙しいもの浮かれた者が待てば良い
…前のご飯の約束で私が貴方を待たせてしまったもの
これは何かの嫌がらせ?
…何時も何時も待たされ続けたから仕返ししたの、魔が差したの一度だけ
コトン
こうして自問自答を繰り返す度にテーブルの上に
生暖かい綺麗な輪っかを落下させてみる
中身の無い陶器のカップと綺麗な輪っか
なんて素敵で残酷なコントラスト
今の2人にお似合いの光景
是非貴方にも見て欲しい
貴方の心にはどう写るのかしら
凍りついていたこの肩を温かい何かが揺り動かす
暫く反応出来ずに居ると再度繰り返された振動
ゆっくり振り返ると会いたかったけれど見たくない奴が立っていた
暫く無言の見つめ合い
そこに想いの全てを賭けて
ごめん、お待たせ
の一言で我にかえる
無言のまま左手を持ち上げられ
お揃いの輪っかを元の位置へ添えられる
冷たく冷えきっていたからまた外そうとした
さぁ、行こう
そう一言いわれ手を引かれる
喫茶店を出るその時、
私の頭上には大輪の花が咲いていた
この身体を濡らさぬ様にと
健気な傘と貴方の腕
何度も質屋に足を運んだ事はもう貴方には言わずにいよう
売れないとわかっていた
同じ形の綺麗な輪っかを見つめ
隣で貴方の顔を見上げながら強く誓った
シリーズ
「売れないとわかっていた」
其ノ弐
【傘、誓い、綺麗な輪っか】
完了。
後書きは後程