父の悪口を言わせてください。


前立腺がんステージゼロで見つかり、経過観察で充分なところを念の為の治療をして再発の可能性はほぼ無いのにも関わらず、いつまでも患者様で家族の同情をタカり、医学の進歩や新しい治療法を知ったかぶり一方的にアドバイスしてきたり医学界に物申したり、死の恐怖が無いのを良いことにがん患者界の頂点に君臨しているが如く、辛い治療に立ち向かって頑張っている方々や私のような5年生存率※※%の患者達を上から見下ろして高みの見物しています。


同じがん患者として、あなた達の仲間として、あなた達の状況や気持ちが理解できる、心配してあげてる、というスタンス。


私も、ネットで知り合った重い症状の病友さんのお役に立ちたい、お気持ちに寄り添いたいという想いはあり、何か行動をしたり言葉をお返ししたりしたいのですが、私のケースで何をお伝えしてもお気持ちを逆撫でしてしまうかもしれずメッセージを傾聴(傾読?)することしかできません。

他部位で私と同程度の病友さんも同じご意見です。


ほんの一瞬だけ「病気」や「死」が目の前を通り過ぎただけで、そのものを見てきたような経験したかのように、大袈裟に騒いで、本当に馬鹿馬鹿しいです。滑稽です。


本当に父の言動は腹立たしくて仕方がありません。

先日、3ヶ月毎の血液検査と6ヶ月毎の造影CTを受け、異常無しとの診断結果を得ました。


術後4年、治療終了後3年半が経ちました。

まだ安心出来る状況ではないと思うのですが、主治医の先生が笑顔で伝えて下さったので、今後は少しはリラックスしても良いのかな?


次回の検診は半年後の11月です。

8月の予約はキャンセルになりました。

本当に半年後で良いのかなぁ?

コロナだしオリンピックだし(湾岸地域の病院ですから)で、患者さんの通院を調整してるという噂もありますし。

ちょっと気になりますけど、私の身体は問題無しだから大丈夫!と前向きにとらえ、楽しい半年間を過ごそうと思います。



これまでの4年間は、とってもとっても長かったです。

そして深く濃密な時間を過ごしたと思います。

1歳だった息子は5歳になりました。


お恥ずかしながら、気持ちは常に不安に支配されて心ここに在らずで、また、体調が悪かったり体力が無かったりで、息子にしっかりと向き合ってきていませんでした。


日々の食事、お出かけ、お友達との交流、色々な体験や経験...その時に必要なことを充分に与えられなかったと思います。


これから頑張って、取り返せるものは取り返したい、

子供に心配や迷惑をかけた分、より愛情や手を掛けてしっかりと触れ合いたい、

という気持ちでいます。


気持ちだけ前のめりで、テキトー育児はこれからも変わらなさそうではありますが。


本の読み聞かせ、いつも笑顔で明るい声、習い事の送迎、前向きな声かけ、等々、どんな些細な事でも今の自分で出来ることを頑張りたいと思います。

心身ともに辛く寝たきりだった抗がん剤治療中に、楽しく読めた本です。
リンクしてなくてスミマセン。


みをつくし料理帖

大家さんと僕

漁港の肉子ちゃん

原田マハと浅田次郎のほとんどの作品

のだめカンタービレ

ビストロ パ マル シリーズ
(シェフは名探偵)


思い出したら随時更新します。

がんの告知の瞬間は、本当に頭が真っ白になって思考停止状態になり、医師の説明も頭の上を通り過ぎて行くだけ、まさに青天の霹靂と言うべき大きな衝撃でした。


ガンという病気の特性で、詳しい検査もしくは手術で患部を摘出して病理診断をしてからでないと本当の病状が確定せず、その度に医師から説明を受け、患者としては毎度とてつもない緊張と恐怖を強いられる訳なのです(泣)


振り返ると、病気の様相が確定するまでを「告知」と呼ぶならば、5回も恐ろしい「告知」があったなぁと思い出しました。

(あくまで私見です)



どれだけ心臓に悪いか、数値化してみました。



① 最初に「あなたはがんです」と告げられる

⇒衝撃度1000%


不調や自覚症状があっても、かなりの衝撃でした。



② MRI、造影CT、PETct、血液検査、生検や細胞診等より詳しい検査をして、おおよそのガンの大きさや広がり(ステージ)を告げられる

⇒緊張度200%


ステージが上がる可能性もあり、緊張感は大きいのですが、前回から1〜2週間しか経っていないこともあり、まだアタマ真っ白状態。



③ 手術が出来た場合、術後に病理診断の結果を告げられる

⇒緊張度10000%


病理診断の結果により、細胞の悪性度や広がり具合、転移の有無でステージが確定し、術後の加療(抗がん剤、放射線など)があるかどうか、そして根治の可能性や5年生存率を知ることになります。


私としてはこれが本当のがんの告知だと考えています。



④ 術後の検査結果(PETct、造影CT、血液検査)を告げられる

緊張度⇒500%


ここで、がん細胞が手術で取り除けたかどうかの一応の判断となります。あくまで一応です。



⑤ 加療があった場合、治療終了後の検査(PETct、造影CT、血液検査)の結果を告げられる

緊張度⇒1000%


治療が終えられるか、手術や治療の効果が取り敢えずあったのかどうか、の判断になります。

あくまで取り敢えず、です。



無事無罪放免、経過観察となっても、毎度の検査と診察では生きた心地がせず、緊張度1000%は相変わらずです。



何が言いたいかと言いますと、もしガンでない方がここを読んで下さったならば、病気の人には優しくして下さい、ということです☺

告知されてからは、気が動転しているのに、自分で意志決定をしなければならないことがどんどん押し寄せてきました。

他の方々もブログで仰っていますが、自分の勘を信じて決定するしかありません。

子宮頸がんの腺がんは初動の手術がとにかく重要だと言われています。

当時はその情報も知識も無かったのですが、取り敢えずは手術数の多い病院にしようと漠然と思いました。

私個人がどんな経緯で病院を決めたのか記します。
当時の私が知りたかったことー他の方がどのような方法でどんな考えや気持ちで病院を決定したのか、を私が知りたかったように書きますね。



私が体調の異変を感じて先ず掛かったのは、産後まだ1年だったので、出産をしたS会病院でした。
検査をして告知され、より詳しい検査へと進むにつれ、医師への不信感や頼りなさを感じてきました。何となくイヤだな、任せられないな、という気持ちでした。

手術日まで決まっていたのですが、この気持ちに従い、思いきって病院を変えることにしました。
術後に加療がある可能性を考えて(CCRTだと1ヶ月毎日通院します)、自宅から通える範囲にあり手術数が多いところをいくつかピックアップしました。
それから、多くのブログを読み、ブロガーさんの病院への評価も大変参考にさせて頂きました。
病院名を明かしていない方がほとんどですけど、写真やブログの内容から推測して。
(ストーカーです、ハイ)
それで、何か良さそうと感じたG研A病院で治療を受けることに決めました。
他にはK大学病院とT大学病院が良さそうだと思いました。

転院って結構デリケートなんですよね。
万が一前の病院に出戻る可能性も考えて、医師に悪印象を持たれないよう、「治療法のセカンドオピニオン」という名目で紹介状を作成してもらいました。
同時に自分でG研へ連絡し、電話口の方に多少盛って窮状を伝え、翌週の予約を取りました。そしてセカンドオピニオンの場で「こちらに掛かりたい」と申し出ました。

本来セカンドオピニオンは転院を目的としてはいけないということになっているので、何と言われるのかビクビクしましたが、「はい、分かりましたー、最短の手術日は5月○日ですが~」とあっさり受け入れてもらいました。

自分で決定して行動したことで、頑張ろう!治すぞ!という意欲と自信に繋がったように思います。



次は手術の方法について、決断を迫られることになりました。

著名人ががんやその他の病気で亡くなったときに「病に負けて〜」とか「病気を克服できず〜」「病に打ち勝つことができなかった」と報道されることがありますが、私はこれに対し非常に強い違和感があります。


完治、根治、寛解した人だけが「病気を克服した」のでしょうか。


ずっと以前から疑問に思っていましたが、がんにかかってから更にこの思いが強くなりました。


病気特にがんと自分自身に勝ち負けなんてありませんし、勝敗を決定づけるものは命ではないと思います。

もし勝敗をつけるならば、気持ちや生き方で決めたいなぁと考えています。


たとえ病気が悪化したり亡くなることになったとしても、治療に正面から向き合い、気持ちだけは病に侵されず、自分らしい生き方や楽しみを模索し、少しでも明るく前向きに過ごしていれば、「病に負けていない」と私は考えます。


私は治療中や直後は、二次障害として精神を病みましたが、積極的に腫瘍精神科にかかり、睡眠導入剤や安定剤を処方してもらい、心穏やかに生活しようと果敢に立ち向かっていました。

自分なりの病気との向き合い方、ネガティブ思考のあしらい方をいつも探していました。

私らしくがんに向き合っていると自負しています。


逆に、元々重篤でない症状であったり又は治ったにも関わらず、常に病気のことばかりに頭や気持ちを支配され、くよくよし、周りの人に当たり散らしているような人も多く見られますが、その人は亡くなることがなくとも病気に負けていると思います。


マスメディアの記者さん、病気で亡くなった方に「負けた」なんて言わないで欲しいです。

はじめまして。ヨーロサと申します。
2017年に子宮頸がんの手術と半年間の術後化学療法を受けました。

現在、手術から3年が経ち、ようやく少し気持ちが落ち着いてきたところです。(遅いですよね。小心者なんです。)
まだまだ安心できる状況ではありませんが、この3年間を無事に生きてこられた感謝と、将来への前向きな気持ちを持てるようになってきています。

告知されてから、多くの方々のブログには大変お世話になりました。
お陰様で治療に対する不安や恐怖を軽減してくださいました。
本当にありがとうございました。

自分の気持ちや考えを整理するためにブログを書こうと思いますが、私の体験が、少しでもどなたかのお役に立てたら良いなと僭越ながら願っております。

【自己紹介】
アラフォーの専業主婦、子供は園児が1人


【治療歴】
2017年
      3月 告知
      5月 手術
      6月~10月 抗がん剤治療
    11月~ 経過観察


【病理診断】
子宮頸がん 腺がん 粘液性腺癌内頸部型
ステージ Ⅱa1期 N0M0
腫瘍径 3×2×2
脈管侵襲 v+


【病院、治療法】
G研A病院
執刀医 ゴッドハンド先生
主治医 ノッポ先生
(クスッと笑った方、お話できたら嬉しいです)

広汎子宮全摘出術、腹腔鏡手術
術後DC療法(ドセタキセル、カルボプラチン)

経過観察1年目は2ヶ月毎の検診(血液検査、膣内エコー、細胞診)と半年毎の画像診断(造影剤CT、希望してPETの時も)
2年目からは3ヶ月毎の検診と半年毎の画像診断

服薬はホルモン補充のディビゲル


【現在の体調】
足のむくみや痛みがでやすい
疲れやすい、30分動いて2時間休むペース
腸の動きに鈍さを感じる
尿意、便意の感じかたが鈍い
冷えに気づきにくい
何度か過換気症候群になった
集中力低下、記憶力低下
筋肉、関節の著しい衰え
たまに胴体のあちこちに刺すような痛み


##################

あまり頻繁にブログを書かないと思いますが、読んで下さった方と交流が出来たら嬉しいです。
どうぞ宜しくお願いします。