その時に感じた事や心情を過去の人生を振り返ってつぶやきます。
白が善で黒が悪という概念を多くの人が持っている。しかし、善が正しくて悪が誤りであるという事ではない。白も黒も使いようであり、善悪も使いようで正誤が決まる。拝https://madam-g.blogspot.com/
『天は人の上に人を創らず、人の下に人を創らず。』しかし、天は人の創った社会に続きがあることまでは知らない。拝https://madam-g.blogspot.com/
人生の変換期というものは決して不幸ではない。人生というものはより良い方へ行くために福が訪れた時に人生の行き先が決まるものです。拝https://madam-g.blogspot.com/
人間においても人間が創造をしたものに対しても完璧という言葉は当てはまらない。それ故に人類は進歩をしている。人間は出来る事と出来ない事があって当然であり、出来ないことを克服することも大事であるが、出来ることを伸ばすことはもっと大事である。完璧は不完全ゆえに存在する言葉である。拝https://madam-g.blogspot.com/
何かが終わるという事は何かが始まるという事であります。終焉は必ずしも悲しいことではなく、新しい夜明けともいえるわけです。人生はその繰り返しであることを認識すると生き方も少し変わる。拝https://madam-g.blogspot.com/
人生は理屈ではないと言う人もいるが、その理屈は人類の経験からであり、現 在の理屈ではない出来事も将来の理屈になるのです。拝。https://madam-g.blogspot.com/
人間の価値とは誰にとってという事は言うまでもありません。児童虐待や殺害を起こす人間は誰にとって価値があるのだろうか?『価値のない人間はいない。』という美辞麗句を聞くたびに『善人面』という言葉を思い起こす。https://madam-g.blogspot.com/
基準というものは本来一つであり、明確なものであることが望ましいが、人間というものはいかに多面的な基準を持つかが大事である。拝https://madam-g.blogspot.com/
希望を持つほどの仕事ではない。しかし、希望を捨てるほどでもない。そんな仕事のしかたの人が多くなったのは社会の歪みだろう。拝https://madam-g.blogspot.com/
悩みとは青春期には一つの事が大きく感じ、熟年期には悩みを多く抱え、老年期には一つの悩みを小さく感じ、悩みはそんなに覚えてはいない。だから人間は永く生きていられる。悩みとそんなものである。拝https://madam-g.blogspot.com/
神もAIも人間がいて初めて意味を成す。人間を超える存在になることはあり得ない。https://madam-g.blogspot.com/
『ほどほど』『頃合い』『だいたい』という言葉がある。それは人間にとっての完璧は100%ではないという事でもある。人間にとって『良い加減』が100%なのです。拝https://madam-g.blogspot.com/
目的に対して方法が簡単になることは便利と言えるが、人を介さなくともという事になると人はいらなくなる。つまり、全自動という事は人にとって意味が無くなるという事でもある。拝https://madam-g.blogspot.com/
顔見知り、知人、友人そして親友と人間同士一定の距離がある。知恵のある人間はその距離を理解し、知恵の無いものはその距離を無視する。知恵は一見冷たく見えるが人間関係を潤滑にすることも事実だ。拝https://madam-g.blogspot.com/
SNSという虚像社会の存在を楽しむのか、危ぶむのか。それはあなた次第だ。そして、多くの部分をSNSが占めているのが現実社会となっている。拝https://madam-g.blogspot.com/
大人の発明はお金儲けの場合が多いが、子供の発明は困ったことや足りないことに対するものが多い。原点に戻ることは大事なのですが。拝https://madam-g.blogspot.com/
左右見る側が変われば左右が逆になる。当たり前のことだが自分側の見方しかできない人が実際には多い。それは100%が完璧ではないという事を理解できるかどうかという事とも繋がる。拝https://madam-g.blogspot.com/
多様性の容認は時には不秩序と暴力を生む。それは時として理性の伴わない自由の勘違いでもある。平和には必ずしも幸福が伴わないように、時には耳当たりの良い言葉には残虐性も隠れている。拝https://madam-g.blogspot.com/
平和というものが必ずしも幸福をもたらすものでは ないという事は理解した上で向き合うべきだと思う。人間社会において動乱がチャンスをもたらし、利益を社会に還元をするという理屈は否定出来る物ではない。そして、利益の甘受が幸福を感じさせるのが人間社会でもある。拝https://madam-g.blogspot.com/
目に映ることが必ずしも真実とは限らない。文明が進化すると虚像というものが常にある。それ故各々の見識が重要である。拝https://madam-g.blogspot.com/