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ロータスリーフのブログ

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今年一年を振り返れば・・・


本当に日本中を駆け回り、とびまわり・・・出張の多い一年だった。


大抵は一年の半分くらい、特に後半になかなかハードは出張がつづくのに今年は前半からなかなかであった。


今年の初めに、職業訓練指導員免許を取得。

実務15年以上の条件にようやくあてはまり何十年ぶりに免許という免許をとった。


それが終わって・・・東京へは何度通ったことだろう・・・


東京の思いでは正直無い。


新しい事がきっと私に周りで知らないうちに動き、生まれていただろうにそれに目を向ける余裕もなく、そのときそのときの仕事に集中していた。


後半にはいり・・・

出張で訪れた地では出来る限り時間を縫って出かけるようにしている。

それが1時間しかなくても・・・行きたいとおもえば行く。


まづ、香川県高松へ。

眞言宗で得度している私にとってはお大師様ゆかりの地。


讃岐うどんに、高松城・・・

高松城のお堀には、なんとチヌが泳いでいる。水門があり海水がひかれているのだ。ガチャガチャでカプセルを買う。タイのえさやりができるのだ。


ひとりテンションは最高潮に達し、声をだしてはしゃいだ。


2回目の訪問時には善通寺さんに行こうと決めていた。

打ち合わせは5時。

まだ4時間ある。

お大師様誕生の地。

わくわくしながら出かけたものの・・・


特急で降り過ごし、そのまま徳島県へ・・・

トンボ帰りしようとしたら、帰りの特急が落石で来ない。


私は打ち合わせを1時間も遅刻してしまった。しかも善通寺さんもいけなかった。

お大師様からのお叱りであろう。


”しっかりせえよ”と・・・。


そして、去年と同じ青森出張が始まった。


今年は1ケ月で4回通った。


快晴の1回目。

岩木山の麓のリンゴ畑で”リンゴもぎ”をさせてもらった。


低気圧の2回目。

紅葉あ美しい。

煉瓦亭のホタテドリアに藩士コ―ヒー・・・

津軽三味線を堪能した。一年ぶりの再会。

三味線を触らせてもらった(めったに触らせないって・・・)


低気圧の3回目。

気の置けない方々との食事は心もあったまる。太宰治が愛したカフェ”まんちゃん”は定休日でお預けとなった。


雪の4回目。

朝起きたら・・・雪が積もっていた。

3月に息子と寝台列車”日本海”で青森~函館を二人旅した思い出が蘇ってきた。あの時も雪が2メートルくらい積もっていたっけ・・・


福岡博多・・・小倉・・・名古屋・・・千葉・・・

この2ケ月で訪れた地。


もう書ききれない・・・


地に出会い、人に出会う。

なんだか旅ブログになっているが、当然これだけではない。

仕事での感動は・・・以上なのだ

時に悩み、もがいた。

それ以上に結果がでた時にはもちろん安堵し、喜んだ。


ひとつひとつ与えられた仕事に向き合ってきた。

最善のパフォーマンスが出来るようにと体調管理をした。

これは、いままでと何ら変わりなく、いつもいつも最善を尽くす。

それができないと・・・ストレスになる。

周りがどう評価しようと正直あまり気にならない。


自分のその時の最善を尽くしたのならば、どうこう言われても仕方がないからだ。その評価を受け止め、反省し必ず次につなげる。

ただただそれだけ・・・それだけでも・・・骨が折れるのだ。


”人がどう思うか” を考えるもの

 ”自分はどう思うか”を考えるもの


”どれだけ持っているか”を考えるもの

”どれだけ経験しているか”を考えるもの


人それぞれ・・・


私は常に、人に恵まれ、仕事に恵まれている。

私は目に見える物はあまり持っていないが・・・


目に見えないものは沢山もっている。


この一年に感謝


合掌


芳眞
























この業界に身を置いて18年。
まだ、まだ若輩ながら全国の美容学生を指導し、美容師を指導し、求職者を指導し続けてきた。
すでに10年以上になる。

最近はマニキュアリストも有名になってきて卵もヒヨコチャン達もゴロゴロでてきた。

少し勉強し、少し経験し、そしてすぐプロ気取りになってしまう。

一体どれだけ勉強して、どれだけ経験し、どれだけ自信があるのだろう・・・

残念ながら、今やエンドユーザー向けの製品も市場に出回り、メーカー自体も低価格競争に加わり十分な知識や技術も持たない者が簡単に手に入れて我流で始めてしまう。

そして技術者もまた低価格競争に入っていく。

本当に何年も何年もかけて手にいれ、今も尚、自己投資し続けている技術者は決してそれには入る事はしない。

自分の技術だけで生きていく世界なのに、その技術を安売りすることは自分の住みかを住みにくくし、住みかを荒らしてしまうのに。

学生に基礎技術を指導しにいくと、大抵数人の既に分かった感を醸し出している者がいる。

既に中級レベルのジェルをしているという。

?????

基礎も知らずに?

よく理解できない。

ネイルには初級~上級まで様々な技術がある。

ケアカラー、アート、アーティフシャル、
ハンドとフットに別れ上記それぞれに何項目もの技術が位置する。

ファイリング
キューティクル処理
マッサージ
バッフィング
カラーリング

フレンチ
マーブル
ドラック
ストーン
ペイント
3d
エンボス
エアブラシ

ジェルフローター
ジェルエクステンション
ジェルチップオーバーレイ
リキッドパウダーフローター
リキッドパウダーエクステンション
リキッドパウダーチップオーバーレイ
フレンチスカルプ
デザインスカルプ
ミックスメディア

ラップ
チップラップ
グルー&フィラー
チップブレンド
オーダーチップ等々・・

これらを少なくとも手に身につけると、ありとあらゆる選択肢の中から、最善を短時間に導き出せる。

私はリキッドパウダーエクステンションを時間内に一定の仕上がりになるまで7年を費やした。

それを経験とし、プロはますます技を磨く。

今やニーズがあるないに関わらず、プロと言うならば少なくともこれぐらいの知識を持ち、お客様に出せるような技術を持っているべきだ。

あるネイル団体を私はあまり好きではないが、このジェル一色の時代にリキッドパウダーエクステンションを課題に入れていて、何百人が競い合う大会を開催し、今やアジアに進出していることには感謝し、頭が下がる。

1の次に2があり、2の次に3がある。
2を飛ばして3のプロセスに飛んだり、5のプロセスに進むことはできる。
しかし、それができてもいずれ飛ばしたプロセスが必要になる。

プロセスが謎をとく鍵であること。

今や、世界一になろうとする日本のネイル技術を真に身につけて行くものがどれだけいて、
どれだけ残っていくのか。

美容業界のみならず他業界でもこう呟いている者が必ずいることだろう。

本物は何処に…


芳眞








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いつもママの後ろに隠れているような子どもだった。
人見知りで、怖がりで…
私が二才の時におばあちゃんが亡くなり母は若くしてベテランを差し置いて先生になり、私を育てている暇などなく、ものすごい人数の花嫁さんを本家の結婚式場や三輪神社でつくっていた。
中西のおばちゃんに、私は育てられた。
年末年始は衣装のおばちゃん宅に預けられていた。
おもしろいのは、父が私をよくつれ回し、二才にして西国巡礼をほぼ終えていたらしい。
一人っ子でおとなしく、回りはいつもおとなばかり。だから、同じ年の友達とも関われずいつも一人で遊んだ。ちなみにおやつは結婚式場のスルメとか結び昆布を盗んでいた。小学校ではいじめ、いじめられ。
濡れ衣をかけられたとき、死んでしまいたいと思ったけれど、大人も間違うし、その時の先生をたいしたことないな。って思った。
私の興味は専ら星空に向き宇宙の本を読みあさり、箱とサランラップと懐中電灯でプラネタリウムを作ったりしていた。
10歳ではじめて見たボリショイバレエをきっかけにバレエにも没頭していた。
行きたい中学があり受験勉強も始め、
天体観測とバレエと勉強でいっぱいでますます友達から離れた。
念願の中学にも入れたが、実は補欠。
イチバンビリだから、とにかく勉強しまくった。しかも霊感体質に翻弄され。
テニスとバレエで身体を動かして、勉強して、夜は決まって金縛り。
母の休みには石切さん通い。お守りの札をもらいに。まだまだ宇宙への憧れは消えず
15歳でNASAスペースキャンプへ10日間。
友達と遊ぶ暇はまたなくて。
高校は進学コースへ。
これ間違ったな。
私は一年生で既に美容業界への進学を決めたもんだから、生徒でなく、先生からのいじめが始まった。群れる人達を嫌い、いつも一人だった。でも、私には宇宙があり、なんといってもバレエがあり…
口数少なく、印象も薄かったであろう私だがバレエやジャズで舞台に上がりしかも南へ出掛けてはマハラジャで躍り明かして…。
当事私の居場所は踊る事だった。
みんな、いつも一人の私を、かわいそうって思ってたのかな。本人は全然大丈夫だったんだけど。だって本当の私を誰も知らないと分かっていたから。
いじめてた先生の事も、大人も分からんやつはいるって小学生で分かってた。大学に進学せず、専門学校に進む私が恥だと
言ってた。
バレエは10年で辞め一人旅や香港渡航をしたけれど香港でも、日本に帰ってきてからも躍り続けて今は社交ダンスに落ち着いている。いずれはアルゼンチンタンゴをはじめたい。
打ち込めるものがあったからこれたんだな。あまり人に興味が向かず、自分のやりたい事ばかりに向いていた。
大人になってもいじめはあるようで、ママとも仲間うちであったりするらしいが、私はそつなく、筒がなく…できた。
だから、他人の噂話とか、いわゆるガールズトークも正直興味なし。
人は人、と最大限の尊重をしつつつねに自身に向いている。
つねに自身に問いかけている。
いいのか、わるいのか…
ただ、大勢の前に立ち指導の仕事ができているのはバレエがあったからでよしとする。緊張する事があまりない。
小さい時から舞台で一人踊りを沢山したからだな…。
出会うもの、出会う人のタイミングが絶妙で私はラッキー過ぎる。
コンプレックスすら自信に変えていけるはず。それは、経験でしか積み上げられないと言うことを学んできた。
今までも、これからもオンリーワンであることを目標に進む。
いじめの問題が取りざたされる昨今。
子ども達が強く、自立、自律していくように道しるべになりたい。

合掌


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