最近、忖度という、聞きなれない言葉が毎日テレビから耳に入るようになりました。
語彙のレパートリーが少ない私にとってはよく分からない、曖昧な言葉でした。
初めて聞く言葉なのに、あまり良くないニュースでよく使われるものですから、なんとなく悪い言葉というイメージを持ちつつありました。
けれど、その曖昧さにこそ、この言葉の良さがあるそうです。
今日知ったことなのですが、いいこと聞いたなぁと穏やかな気持ちになれたので、ブログに残したいと思います。
忖度とは、本来「相手を推し量ること」を意味するそうです。
思いやりに近い、相手をもてなそうとする気持ちを表現した言葉です。
以前、NHKだったと思うのですが、格式高いお茶会の様子が放映されているのを見たことがあります。
作法や決まり事がたくさんあって。もう、すごかったです。
最初は単なる興味で見ていたのですが、だんだんと見続けてきて分かったのは、
もてなす主人側も、お客側にもある作法は、恥をかかないため、ではなく、
来てくれてありがとう
呼んでくれてありがとう
と、お互いに感謝の気持ちを表わすため、のもので、まさに「忖度」の心なのだなと今になって気づきました。
相手を気遣う。
お茶一つでも相手の状況によって、色んな気遣いができるようです。
気遣いといえば、石田三成がまだ、寺の小姓をしていた頃の有名な逸話なんだそうですが、
寺に着いたばかりの豊臣秀吉に、一杯目は一気に飲めるほどの温いお茶を、二杯目は少しだけ熱く、三杯目はゆっくりとお茶の香りを楽しめるよう、更に熱く淹れたそうです。
作法は相手を推し量る一つの手段であり、
自分の気持ちを伝えられるのであれば、色んな手段を取れるのですね。
自分の世界に閉じこもって、なんで自分ばかりこんな目に合うのか、何もかも上手くいかないのかと、自分を守ることばかり考えてしまいがちな私ですが。
もっと外に目を向けないといけませんでした。
誰かの幸せを一緒に喜び
誰かの悲しみを一緒に悲しむ
相手の気持ちを忖度できる人になりたいです。
やっぱり日本語って。日本の文化っていいなぁ。