閲覧注意
これは性癖を歪められた思春期のガキが地形を愛でるだけのブログです。
私は横浜で生まれ育った。
生憎一方的な感情を増幅させるのが得意だったから、いつしか膨れ上がった地元愛は邪なものになってしまった。肉親の枠がもう一つあれば、確実に横浜を据えているだろう。でもこれ親に欲情してるってことじゃね?やっぱり無し。近親者同士の恋愛は生理的に受け付けられない。
今日もこのうっすらした萌えと性欲の捌け口として散歩する。これは市内路傍の道祖神・庚申塔・地神塔を全て訪問する……という先達ばかりの企画の一環ではあるのだが、それももはやサブみたいになった。兎に角ハマの美しさを味わいたい。四割くらいはそのために生きている。
今度の行先は保土ケ谷である。ケは大きいケだ。まずは相鉄線で西谷に到達する。
可愛い。
恥ずかしながら西谷の存在を新横浜線開業まで知らなかった。そもその頃まで私が何をしていて、何を好いていたのかよく覚えていない。恋は盲目であり、振り返ったとて後ろすら見えなくなる。
駅を出て上菅田町へ向かうこととした。丁度いい時間にバスが来るらしい。
周辺には“梅の木”を冠した施設が幾つかある。ただ今昔マップ及び関東小字地図を拝見しても、この地名は見当たらない。何なんだコイツと思いながらバスに乗車した。神奈中だった。神奈中は運転手ニキネキが制帽を被っていらして格好良い。制帽大好き。
菅田は個人的に異質な場所だ。特に神奈川区においては、他のどの町とも雰囲気が違う。押し黙り道路に迫る丘陵の斜面は、近世の谷戸としての横浜を想起させる。この光景はどこか山奥の国道とかだとありふれている。私にとっては魅惑のヴァージンロード。
菅田を名乗る町は神奈川と保土ケ谷の二区に跨っている。庚申塔を見る限り、明治期以降切り離されたのであろう。こういうのは鶴見神奈川の寺尾にもある。あとは東京川崎の等々力くらいしか思いつかない。境界を引かれた当時の彼らは何を思ったのだろうか。
石仏で冬を越す蓑虫。仏さんの頭上である意味転生する。
何ですか?その笑顔。
普通河川の菅田川。河川は人を恵み苦しめる。二面性、苦闘する人の様、確かに遺る川と人間の関わりは、色々脳みそを掻き立てて来る。
一線、超えちゃったね……
みたいな風に徒歩(カチ)した後共テ同日模試を受けて帰宅した。本番は二年後だ。この耽溺はそう長く続かないと思えば悲しいというか、諸行無常のそれを感じてしまう。






