例えば、繰り返し起きているパターンがあって、

 

 

その反応もとのイメージを探っていくと、

 

 

親や兄弟、親戚、はたまた遠く、ご先祖さまの誰か、

 

 

というイメージが出てくることがあります。

 

 

直接そのイメージ元である当人に会いに行かなくても、

 

 

私たちはそのイメージの中で、

 

 

わだかまりを解消することが出来ます。

 

 

例えば、母親や父親との間に、

 

 

長年消えないわだかまりがあるとします。

 

 

そのわだかまりイメージを直接本人にぶつけなくとも、

 

 

自分の中にある〝わだかまりイメージ〟を見ていくことで、

 

 

その〝わだかまり〟が消えていくのです。

 

 

なぜなら、本当は私たちはイメージがあるだけで、

 

 

個人という実体はないから。

 

 

とらえ続けているイメージが、

 

 

まるで、その個人がいるかのように見せ、

 

 

そのイメージを見せているだけなのです。

 

 

つまり父親も母親も、自分のイメージで捉え、

 

 

そのイメージ通りに存在しているように見えるのです。

 

 

そのイメージに対して、長年イメージを抱き続けて、

 

 

そのイメージを取り込んでいるというカラクリが見えてくれば、

 

 

私たちは実在する人物ではなく、いかにイメージと闘い、

 

 

そのイメージと似たものを否定しつづけ、

 

 

自分の世界を狭めているかがわかります。

 

 

本当は誰もいないこの世界で、なぜそのイメージが繰り返し、

 

 

場所を替え、人を替え、ありありと浮かんでくるのか?

 

 

そこには、まだ仲直りしてない、

 

 

愛に気づいてないイメージがあるだけなのです。

 

 

 

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