セッションや自己ワークをやってると

 

 

 

 

 

『自分や先祖のデータに

どう寄り添っていいのかわからない』

 

 

 

 

 

という方が結構いらっしゃいます。
 

 


 

そういう場合は、まず「寄り添えない何か」を視ていきます。
 


 

 

『寄り添えない』というのは〝人間視点〟になっている時。
 
 

 

 

人間視点で寄り添おうとすると、ジャッジか切り離しか

 

 

 

 

 

決めつけか同情かになるので、突き放してみたり、

 

 

 

 

 

変に近寄って離れられなくなったり、
 
 

 

 

人間関係でこじれる関係性と、とてもよく似ています。
 
 

 

 

〝人間視点〟で自分のインナーチャイルドのデータや

 

 

 

 

 

先祖のデータを視ていると癒されるどころか、

 

 

 

 

 

イライラしてきたり、腹が立ってきたり、眠くなってきたり、
 
 

 

 

〝なんで私がこんなこと

  しなきゃなんないの?〟

 


〝なんでこんな目に

  遭わなきゃなんないの?〟

 

〝わけわかんない!!!〟
 


 

 

と自分や周りやデータに憤りを感じたり、自分には関係ない、

 

 

 

 

 

と眠くなったり、データ閲覧をストップしてしまいます。
 
 

 

 

そういう時は、人間視点、つまり自分が今まで経験してきた

 

 

 

 

 

ストーリー、信じてきたこと、わかっていると思っていることを

 

 

 

 

 

一旦横に置いといてもらって、人間ではない、もうひとつの

 

 

 

 

 

〝愛の視点〟に戻ってもらいます。
 
 

 

 

もちろん、愛の視点は、人間でもなく、自我でもなく、

 

 

 

 

 

経験者でもありません。
 

 


 

何もないところから、すべてを一瞬も見逃さず見ている、

 

 

 

 

 

全体からの愛の視点です。
 

 


 

自己ワークや自分に影響するデータを視る時に

 

 

 

 

『寄り添う』というのは、この

 

 

 

 

〝愛の視点〟じゃないと難しいのです。
 

 


 

なので自分の肉体含め、今までの人類や先祖の歴史を

 

 

 

 

 

全部見てきた〝大いなる何か〟の視点に

 

 

 

 

 

立ち戻っていただくため、自分の今まで捉えてきたものは

 

 

 

 

 

 

一旦横に置いといてもらいます。
 
 

 

 

 

この大いなる視点は、とてもあたたかい、

 

 

 

 

 

すべてを包み込む

母のような視点

に似ています
 
 

 

 

なので女性や、とくに母親経験がある方は、この母なる視点を

 

 

 

 

 

掴みやすいですが、男性でも出産子育て経験のない方でも、

 

 

 

 

 

 

すべての人に、この

〝母なる視点〟はあります。
 
 

 

 

この視点に戻れない時は、『人間視点』になっている時か、

 

 

 

 

 

自分の今までの経験ストーリーに寄って(酔って)いるとき。
 


 

 

 

これをストーリーや経験に【同化している】状態

 

 

 

 

 

つまり人間視点に酔っているといいます。
 

 

 


 

自分の肉体だと思っている経験やストーリーから

 

 

 

 

 

物事を視て捉えようとすると、どうしても分裂して

 

 

 

 

 

 

見えてしまい『寄り添う』ことが出来ず、
 


 

 

【切り離す】

【ジャッジする】

【そういうものだと決めつける】

【同情はするがどうにもならない】
 
 

 

 

 

この4パターンでしか起きてきません。
 
 

 

 

なので、セッションや自己ワークでは、

 

 

 

 

 

今までの自分の経験や知識、ストーリーはとりあえず

 

 

 

 

 

置いといてもらって、それらを飛び超えたところにある

 

 

 

 

 

【愛の視点】に立ち戻っていただきます。
 
 

 

 

そこから観るものは、どんなものでも自分ではない、

 

 

 

 

 

でも、なぜか涙が出てくるくらい、愛おしく、身近に、

 

 

 

 

 

すべてに、ずっと息づいていたことがわかります。
 
 

 

 

 

そこを見つけ、受け入れ、解放していくのが、

 

 

 

 

 

わたしたちの本質であるところの〝愛の視点〟であり、
 

 


 

『寄り添う』ことであり、

 

 

 

 

人間視点のまま固まってたデータやストーリーたちが、

 

 

 

 

 

愛に見つけられ、自分も愛だったと気づき、

 

 

 

 

 

永遠の愛に還って行く流れになるのです。

 

 

 

 

 

 

 

【今後の予定】
 

 

★データ解除のお茶会

IN 京都

6月25日(火)13時~17時

※京都市内のカフェにて

参加費:6000円(飲食代別)

(参加者の方に場所をお知らせします)

 

 

★インナーチャイルドと

無意識のお茶会

6月23日(日)13時~17時

※東京都内カフェにて

参加費:5000円(飲食代別)

(参加者の方に場所をお知らせします)

 

 

 

 

★集合的無意識、

国のカルマ、

地球外意識のお茶会
 6月29日(土) 30(日)

13時~17時 

※東京都内カフェにて

参加費:5000円(飲食代別)

(参加者の方に場所をお知らせします)

 

 

 

データを自分で視るセッションはこちら☟

 

★同化スキャニングセッション

★イメージスキャニングセッション

 

 

※6月24日(月)、25日(火)

京都市内にて

出張個人セッション承ります。

 

 

 

お問合せ★お申し込みは

unico.unity@gmail.com

 

 

 

 

 

 

 

 


 

世界平和や 地球の平和や 遠い未来
 
 

 

周りの誰かの 喜ぶ顔
 
 

 

そのために あなたが今ここにいる?
 
 

 

と思ったら
 


 

それは大きな間違いかもしれない
 


 

あなたは 地球のためや未来のためでもなく
 

 

 

愛しい家族や 誰かのためでもなく
 
 

 

今ここの あなたのため だけにいる
 
 

 

だから どうか忘れないで 
 


 

美しくて 哀しい 遠い過去や未来のストーリーに
 


 

ブラウン管の向こうの景色に
 
 

 

世界で起きているニュースに
 

 

 

あなたの意識を泳がせ 逃避しないで
 
 

 

本当は 外側のどんなストーリーにも
 
 

 

あなたはいない あなたの舞台はない
 
 

 

あなたの感情や思いを乗せた
 
 

 

何かを外に見ることは出来ても
 
 

 

それは あなたではない
 
 

 

あなたとは別のフェイクストーリーに
 
 

 

自分を関わらせ 居場所を作るのではなく
 
 

 

今ここで 今起きている あなたに
 
 

 

今ここの あなたを 見て欲しい
 
 

 

世間や 周りの 騒がしいニュースより
 
 

 

あなたの中の終わってないトピックスを見て欲しい
 
 

 

誰かの喜ぶ顔よりも
 


 

あなたが喜ぶ顔をみて欲しい
 
 

 

世界は あなただけ しかいない
 
 

 

神が あなたを遣わせた理由
 
 

 

あなたを みているから
 
 

 

あなただけを 見ているから
 
 

 

ここにいる あなただけ
 
 

 

世界は あなたしかいない
 
 

 

あなたなくして 世界が平和なんて
 
 

 

ありえない ありえない
 
 

 

だから 今すぐ あなたをみて欲しい
 


 

それが いちばん 世界が平和になる
 
 

 

~Fastest and shortest distance~

 

 

 

最速で最短距離だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

この世界で起きることは

 

 

 

 

 

ぜんぶ〝自分〟
 


 

否定したくなる出来事や
 
 

 

どうしても解り合えない ひとや
 
 

 

目をそむけたくなることも
 
 

 

ぜんぶ〝自分という素材〟で出来ている
 
 

 

だから受け入れろ ということではなく
 
 

 

そのまま そのまま ぜんぶ
 
 

 

ぜんぶ自分だったと
 
 

 

最初から ひとつだったと気づくまで
 
 

 

自我のわたしは 
 
 

 

今まで生きてきた経験ストーリーを抱えて
 
 

 

どうしても〝わたし〟と〝ちがうなにか〟を
 


 

分けて捉えてしまうけど
 


 

それすら超えた 何かである わたしに
 


 

ふと気づいたとき
 
 

 

そこから どんな現象も どんなひとも
 
 

 

ゆったりとみている
 
 

 

自分に気づいたとき
 
 

 

今までの経験ストーリーではない
 
 

 

もうひとりの わたしに出逢う
 
 

 

それが ほんとうの 自分だと気づいたとき
 


 

目の前のひとも ものも 現象も

 

 

 

 

 

この体も ぜんぶ
 
 

 

おなじひとつになって
 
 

 

なんとも言えない

 

 

 

 

 

愛しさが込み上げてくる
 


 

ちがいがあっても
 
 

 

経験しても しなくても 
 
 

 

ぜんぶ自分という愛の世界に
 
 

 

わたしは棲んでいる

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 

わたしたちを動かしているのは、まぎれもなく

 

 

 

 

 

〝愛〟という事実しかないのですが、
 

 


 

愛ともうひとつ、わたしたちの体をコントロールしたり、

 

 

 

 

 

 

舵取りしたり、動く指標を決めてくれる

 

 

 

 

 

役割として〝意識〟があります。
 
 

 

 

意識のスゴイところは、無意識にしろ、潜在意識にしろ、

 

 

 

 

 

 

顕在意識にしろ、どのような意識状態にしろ、

 

 

 

 

 

わたしたちの情報をすべて包括し、今ここに

 

 

 

 

 

ベストチョイスなものを選出して出してくれてるということ。
 
 

 

 

 

たとえ、それが目の前で嫌な現象として現れたとしても、

 

 

 

 

 

 

意識のデータバンクのチョイスからは完璧なピックアップであり、

 

 

 

 

 

 

宝くじの一等が当たる確率よりも凄く

 

 

 

 

 

 

無量大数の確立の中で、今は現れています。
 
 

 

 

ということで、意識は愛がベースにありながら、

 

 

 

 

 

瞬間瞬時の今を映し出し出してくれるセンサーなわけですが、
 
 

 

 

 

地球という舞台も、ひとつの大きな意識の表れです。
 
 

 

 

地球というものを生みだした、大きなひとつの意識を

 

 

 

 

 

細分化したものが、わたしたち人間ひとりひとりの意識であり、
 
 

 

 

 

それらは全て繋がっていて、大きなひとつの意識に収束されます。
 


 

 

 

なので、どんな生き物や自然や人工物にも意識という

 

 

 

 

 

センサーがついており、それが愛とタッグを組んでいる

 

 

 

 

 

状態が〝いのち(生命)〟なわけです。
 
 

 

 

この意識と愛がタッグを組んで、ひとつの意識を細分化し、

 

 

 

 

 

瞬間瞬時に表現しているのが、

 

 

 

 

 

わたしたちが今みている現実世界です。

 


 
 

なので、意識といっても、いろんな状態や指標があり、

 

 

 

 

 

どこへ向かおうとしているかで、見える世界も、

 

 

 

 

 

体感する世界も変わってきます。

 


 
 

 

 

ただの過去の無意識層に溜まってるデータを

 

 

 

 

 

繰り返し捻出する意識もあれば、

 

 

 

 

過去のデータを消化した上で、

 

 

 

 

 

新しい局面に向かうという意識もあります。
 
 

 

 

わたしたち人間についている意識たちは、

 

 

 

 

 

わたしたちを一体どこに

向かわせようとしているか?
 
 

 

 

過去のデータと同じ現実を、時代を変えて、

 

 

 

 

 

ただ繰り返し現わそうとしているのか?
 
 

 

 

あなたにいつもピッタリと寄り添っている意識は、

 

 

 

 

 

何をしようとしているか?に注目してみてください。
 

 

 
 

そこをひたすら問い続けると、自分が何をしたいのか、

 

 

 

 

 

何を表すために今この瞬間現れているかが、

 

 

 

 

 

 

わかるようになります。
 
 

 

 

ゆにこの場合は、いつもピッタリとくっついてる意識が、

 

 

 

 

 

この体を使って、何をしようとしてるか?というと、
 
 

 

 

『固まったものを

流して循環させる』
 
 

 

 

その気づきやテクニックを、この生命を使って

 

 

 

 

 

やろうとしているんだなぁということがわかります。
 
 

 

 

 

固まったもの=滞っているエネルギーがあると、

 

 

 

 

 

肉体でも病気になるし、人間関係やお金もうまく回らなくなるし、

 

 

 

 

 

人間自体苦しくなり、ひいては地球の自然な循環から

 

 

 

 

 

反れたことをやってしまったりします。

 


 
 

そこを流したい。そのためにわたしという意識がある。
 
 

 

 

ということに気づいたので、これからも

 

 

 

 

〝エネルギーを循環させる〟

〝固まったままにせず気づく〟

〝流すこと〟

 

 

 

 

 

に、〝わたし〟という生命を、

 

 

 

 

 

愛と意識のタッグでやっていきたいと思ってます(^▽^)/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆにこと、香衣さんと、サルっちゃまんとで

 

 

YouTube番組を作りました‼

 

 

その名も・・・

 

 

 

エシカル西遊記🐒‼

 

 

 

 

 

第一話【エシカルとはなんじゃ?】

 

 

 

 

 

 

第二話【食と思考について】

 

 

 

 

 

第三話

【エシカルで安全な飲み物について】

 

 

 

 

 

第四話

【塩について・サル塩を語る!】

 

 

 

 

 

 

 

これからも配信して行きたいと思ってますので

 

 

ご興味ある方は是非チャンネル登録を~♬

 

 

 

ゆにこ・かえ・さるっちゃまん

のエシカル西遊記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 

最近セッションもちらほらと復活してきて、

 

 

 

 

 

やはり、癒しは、

なくなることはないのだなぁ~

( ̄▽ ̄;)

 

 

 

 

と感じてるゆにこです。
 
 

 

 

それは今まで人類が残してきたデータを視ることであって、

 

 

 

 

 

地球を汚して、そのまんまにしてきた、

 

 

 

 

お返しと対面することであって、

 

 

 

 

 

癒しとエシカルに向かおうとする動きは、とてもよく似ている。
 
 

 

 

 

人間の内部データに気づいて視ていくことが〝癒し〟なら、
 
 

 

 

 

人間含め地球全体の外部データを視て行くことが〝エシカル〟
 
 

 

 

 

癒しは『自分を丁寧に大切にあつかう』こと。

 

 

 

 

 

 

エシカルは『地球を丁寧に大切にあつかう』こと。
 
 

 

 

 

視点が人間か地球かの違いというだけで、

 

 

 

 

 

両者は、とてもよく似ている。
 

 


 

わたしたちが、いままで、見過ごしてきた何か。
 

 


 

とても大切なのに、見ないフリをしてきた、何か。
 
 

 

 

それを自分の内に視るか外に視るかの違いなだけで(見かけ上)

 

 

 

 

 

 

同じ事を指してるのかもしれない。
 
 

 

 

自分を癒して大切にした後にジャンキーなものは

 

 

 

 

 

入ってこないように、わたしたちが普段忙しすぎて、

 

 

 

 

 

便利すぎて、見過ごしてきたものに、
 


 

 

今ようやくスポットがあたり、

 

 

 

 

 

陽の目を見ようとしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治から戦後のGHQに至るまで、私たち日本人に

 

 

 

 

組み込まれた無意識下のプログラミング

 

 

 

 

は今でも根深く残っています。

 

 

 

富国強兵制度からGHQの支配下に入るまで、

 

 

 

 

私たちの無意識に埋め込まれた

 

 

 

 

〝思い込まされた制限〟

 

 

 

 

わたしたちは自分で取り出して外すことが出来ます。

 

 

 

 

わたしたち日本人に今でも思い込まされている

 

 

 

プログラミングの一例です☟

 

 

 

 

💣私は生きる価値のない人間だ

 

💣私は死んだほうがマシだ

 

💣私は力のない人間だ

 

💣私は存在しないほうがいい人間だ

 

💣私は誰にも寄り添ってもらえない人間だ

 

💣私は世間に認めてもらえない人間だ

 

💣私は自分も周りも変えられない

 

💣私は周りに従うしかない

 

💣私は自分に失望している

 

💣私は希望を叶えてはいけない

 

💣私は存在を認めてもらえない人間だ

 

💣私は自分にダメージを

与えなくてはいけない

 

💣私は不自由さを味あわなくてはいけない

 

💣私は周りを優先させなくてはいけない

 

💣私は真実を言ってはいけない

 

💣私は自分を直視してはいけない

 

💣私は自分の思いを

閉じ込めなくてはいけない

 

💣私は自分を後回しにしなくてはいけない

 

💣私は周りに貢献しなくてはいけない

 

💣私は真実を問い続けてはいけない

 

💣私は自分を無視しなくてはいけない

 

💣私は多くを望んではいけない

 

💣私は常に自分を無理させないといけない

 

💣私は嫌な事も見て見ぬ

  フリしなくてはいけない

 

💣私は痛い目に遭わなきゃいけない

 

💣私は自分にいい思いをさせてはいけない

 

💣私は周りよりもツラい目に

 遭わなくてはいけない

 

💣私はすべてを放棄しなくてはいけない

 

💣自分より周りを助けよ、

 自分を助けてはならぬ

 

💣自分が先に犠牲にならなくてはいけない

 

💣私は誰よりも幸せになってはいけない

 

 

 

 

 

等々、ざっと挙げてみましたが、まだあるかもです。

 

 

 

もし上記のフレーズに自分の何かが反応したら、

 

 

 

 

自分の中に、そのプログラミングが残っているかもしれません。

 

 

 

反応が現われたら、そのプログラミングデータに

 

 

 

 

寄り添って、そっと声をかけてあげてください。

 

 

 

『そんなことはない』

『その時代に、

そう思い込まされていただけだよ』

 

 

 

 

と洗脳プログラミングが解けるまで、

 

 

 

 

あたたかく寄り添ってあげてください。

 

 

 

私たちが絶望したり、諦めたり、何度も同じことを繰り返すのは、

 

 

 

 

幕末から明治以降の富国強兵思想や戦後のGHQ、

 

 

 

 

敗戦のプログラミングによる集合的無意識の

 

 

 

 

思い込みが大きく占めています。

 

 

 

個人のデータや先祖のデータを癒しても尚も残るデータは、

 

 

 

 

この日本独自の歴史による

 

 

 

 

集合無意識データを解放していくことで、

 

 

 

現代において、ずっと何かの支配下にいることに

 

 

 

 

気づかないまま無意識で選択を放棄していたり、

 

 

 

 

気づいたときは、すべてを諦め、支配されたまま

 

 

 

 

 

生きなくてはいけない、と思い込まされていたりします。

 

 

 

 

でも、それは、すべてプログラミング通りに動かされて

 

 

 

 

いるだけで、本当は、そんなことないのです。

 

 

 

個人の経験データから、先祖のデータ、

 

 

 

 

日本人の集合無意識データまで、

 

 

 

 

全部自分で視て、取り出し、解放する。

 

 

 

それを、わたしたちは誰でも出来るチカラがあるのです。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

日本人の集合的無意識データを

自分で視て解除するセッションはこちら☟

 

★同化スキャニングセッション

★イメージスキャニングセッション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 

最近エシカルとかそっち方面が楽しくて、

 

 

 

 

 

 

 

セッションとか仕事に全くベクトルが

 

 

 

 

 

向かってなかったゆにこですが(笑)
 
 

 

 

たまに今でもチラホラお問合せをいただくことがあります。
 


 

 

「まだセッションはやってますか?」
 
 

 

 

勿論、やってますよーーーー!!!(笑)
 
 

 

 

今でも、お問合せがあるのが

 

 

 

 

「同化スキャニングセッション」

 

 

 


 

 


 

無意識の行為、選択、思い、感情、反射などなど、

 

 

 

 

どこのデータベースから来ているデータか、

 

 

 

 

自分で視て解放していくセッションです。
 


 

扱う領域は、肉体が生まれてからのデータと、

 

 

 

 

生まれる前のデータ、潜在意識、無意識、

 

 

 

 

個人データ、先祖データ、両方扱います。
 
 

 

日々の反応、行為、周囲に現れる現象への対応、

 

 

 

 

その他、自分で視ることが出来る自己ワークセッションです。
 


 

お茶会では各自データを解放していくやり方なので、

 

 

 

 

自主練のようになり、一人一人のデータに丁寧に寄り添い

 

 

 

 

ファシリテートすることが難しいのですが、
 

 


 

個人セッションの場合は、お客様のデータに集中して

 

 

 

 

寄り添い視ていくことが可能です。
 
 

 

ご興味ある方、お茶会など他の人がいる場ではなく

 

 

 

 

自分に集中してデータを解放したい方は、

 

 

 

 

個人セッションの方が向いているかと思います。

 
 

【今後の予定】
 

 

★新宿アロマとお茶会

6月8日(土)13時~17時

 

★ファミリーカルマのお茶会

6月15日(土) or 16日(日)
 13時~17時

都内カフェにて(参加者にお知らせします)

 

 

★インナーチャイルドと無意識のお茶会

6月23日(日)13時~17時

都内カフェにて(参加者にお知らせします)

 

 

★集合的無意識、国のカルマ、

地球外意識のお茶会
 6月29日(土) or 30(日)

13時~17時 

都内カフェにて(参加者にお知らせします)
 


 

平日~土日開催の

グループZOOMミーティング

お茶会も希望者がいれば随時行っていきます。

(首都圏外にお住まいの方はおススメです)

 

※お茶会の参加費は対面だと5千円、ZOOMだと4千円くらいです。

 

 

 

3名様より開催可能です。

ご希望の日にちをお知らせください

(今月だと5、7、8、15、16、22、23、26、27、29、30日以外は可能です)

 

 

 

お問合せ★お申し込みは

unico.unity@gmail.com

 

 

 

 

 

 

 

【神との契約書】

テーマ:

 

 

 

 

 

 

 

 


  
 

〝わたし〟という
 
 

 

この世界を映し出すプロジェクターは
 
 

 

〝わたし〟が生まれるまえに
 


 

〝神〟とよばれる非物質で

 

 

 

 

 

不可視の〝わたし〟と
 
 

 

とある契約を交わした
 
 

 

〝この世界に何を

   映し出してみるか?〟
 


 

非物質で不可視の存在である〝神〟は
 
 

 

わたしにこう尋ねたので
 
 

 

〝わたしは すべてが

 愛に変わるところを

  ここから映し出します〟
 
 

 

とプロジェクターになる前に契約を交わし
 
 

 

そして〝わたし〟は生まれた
 
 

 

この世界を映し出す〝プロジェクター〟として
 


 

契約したものを映し出すために
 


 

中には愛と呼べないようなエピソードも映し
 
 

 

根気よく それらの素材が 愛に変わるまで
 
 

 

〝わたし〟は ここから 映し続けた
 
 

 

やがて すべては どんなことも
 


 

〝愛に変わる〟ことを 見事に証明し
 
 

 

すべては神との 契約通りだと
 
 

 

どんなことが 目の前に映し出されようと
 
 

 

絶対的な真実を〝わたし〟は映し出した
 
 

 

最初に交わした やくそくを
 
 

 

〝わたし〟は今日も裏切らず

 

 

 

 

 

世界というスクリーンに映し続けている
 
 

 

この世界に 映し出されたもの
 
 

 

すべてが 愛に変わる様子を
 
 

 

ここから つぶさに 観察しながら
 
 

 

〝わたし〟は 今日も 
 
 

 

このプロジェクターから

 

 

 

 

 

愛に変わるまで 映し続ける
 


 

すべての映像は 最初の契約通り
 


 

神とわたしの 取り決め通り
 


 

完ぺきな愛のイマジネーションだったと
 
 

 

すべてが愛に変わり 
 
 

 

この契約が満期になって 切れるまで
 
 

 

〝わたし〟というプロジェクターは
 


 

今日も 愛に変わる素材を見つけ
 
 

 

ここから 愛を 映し出している

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【空を見上げたら】

テーマ:

 

 

 

 

 


 

駅からの帰り道、ふと空を見上げた。
 
 

 

 

それまでは、いろんなイメージやモヤモヤがかかっていた

 

 

 

 

自分の頭の中が、
 
 

 

 

夕暮れの西の空に駆ける雲を見ていたら、

 

 

 

 

なんだか、じんわりと何とも云えない、あたたかさに包まれて、
 
 

 

 

それまで問題にしていたことが、一気に空に溶けてしまった。
 

 

 


 

ああ、そうかこっちか。そうだ、そうだ。
 

 

 

 

 

空や自然や、この肉体より大きな壮大なものを見ると、

 

 

 

 

 

わたしたちは、本来の自分を思い出す。
 

 


 

そうだよ、こっちじゃなかった。
 
 

 

 

いつも忙しく頭の中を駆け巡るストーリー、

 

 

 

 

 

気にしないようにして見ないフリしていることでさえも、
 
 

 

 

 

すべてお見通しにされている空のように、そっち側、

 

 

 

 

 

 

大気のほう、もっと大きな包んでいる〝何か〟に、
 
 

 

 

 

本来の、ほんとうの自分がいたことに気づく。
 

 

 


 

わたしたちは、いつも演じている、肉体が織りなす

 

 

 

 

 

 

ストーリーの中にいる『小さな自分』ではない。
 
 

 

 

 

その『小さな自分』が一生懸命考えた術や、

 

 

 

 

 

 

小さな関係の中でうまく立ち回ろうとしている自分ではなく
 

 


 

そんな〝小さなわたし〟ですら、

 

 

 

 

 

ずっと見ていて、知ってて、何もいわずに、

 

 

 

 

 

 

包んでいてくれていたことに気づく。
 

 


 

ああ、どうして、こんなにカンタンなことに

 

 

 

 

 

 

気づかなかったんだろう。
 
 

 

 

愕然としながらも、じわじわと、

 

 

 

 

 

その壮大な大きなあたたかさに包まれていく。
 

 


 

 

ああ、こっちだ、こっち側だ、そうだった。
 

 

 

 

だから、何が起きても、大丈夫なんだ。
 
 

 

 

わたしたちは、小さな自分を永遠に、見続けている何か。
 
 

 

 

その言い表せない壮大な〝何か〟の中に、ずっと棲んでいる。
 
 

 

 

そこを思い出すために、空があり、海があり、緑があり、
 
 

 

 

 

わたしたちが、本来の姿を、すぐ思い出せるように自然がある。
 
 

 

 

 

それが究極の癒しで、究極の救いで、究極の愛。
 

 


 

 

忘れそうになったら、空を見上げればいい。
 
 

 

 

 

都会に自然はなくても、空なら、どこにでもある。
 
 

 

 

 

愛も、癒しも、救いも、この空のように、

 

 

 

 

 

大気のように、途切れることなく拡がっている。
 

 

 


 

わたしたちは、永遠にそこに包まれていて、

 

 

 

 

 

最初から最後まで守られている。
 

 


 

絶望はない。この小さな肉体の自分ではなく、

 

 

 

 

本当の壮大な大きな自分に気づいたら。
 

 


 

どこまででも続いている

 

 

 

 

 

この大きな愛に気づいたなら。