自分のため、人のため
西日本新聞の記事【春秋】より
パラリンピックは「障害者のスポーツの祭典」と呼ばれる。
バンクーバーで行われてきた冬季大会は、心に響く言葉も多く種々発信してくれた。
▼アルペンスキー男子回転立位のアダム・ホール選手(ニュージーランド)は2回目に転倒した。
すぐに起き上がって金メダルを取った。
「転ぶようなことがあっても、また起き上がればいいんだよ」
▼ノルディックスキー距離男子の新田佳浩選手は、メダルを期待された2006年ミラノでは転倒している。
「転んだことで、成長する機会を与えてもらったのだと思う」
2010年の金メダルをそう振り返る
▼新田選手は29歳。
岡山県の実家は農家だ。
3歳の時、田んぼで稲刈り用のコンバインに左腕を巻き込まれて、ひじから先を失った。
運転していた祖父は自分を責めた。
孫の成長を見守りながら自分を責め続けた
▼祖父の気持ちを、ちょっとした言葉にも感じながら佳浩少年は大きくなっていった。
逆に自分のほうが申し訳ないと思うこともあったそうだ。
今年1月にNHK教育テレビが「福祉ネットワーク」という番組のなかで伝えていた。
▼「おじいちゃんに、『最高のおじいちゃんだよ』と言ってあげたい」と新田選手は話していた。
金メダルを贈るのが夢だった。
だから17歳の時から4大会連続で挑戦した。
転んでも起き上がることができた。
92歳になった祖父の喜ぶ顔が、新田選手には最高のメダルになるだろう。
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やばい、また泣きそうです。
転ぶことがあっても、また起き上がればいい
ちっぽけなことで悩んで立ち止まっていることが笑えてきました・・・
自分のせいで、と自分を責め続けたおじいちゃんが
新田佳浩選手を大きくし、偉業を成し遂げる源になった。
『最高のおじいちゃんだよ』
それを言える新田選手も、言ってもらえるおじいちゃんも
お互いがあってこそ。
あぁ、感動。
話を聞いて欲しい
ある事情で家族と離れ、施設で生活している人の話。
良かれと思ってお手伝いしていたら、「危ないからしなくていいよ!」と少しきつく言われ
ちょっと不満を口にしたら、「またあんなこと言ってるー」と聞いてもらえず
落ち込んで悲しそうな顔になっていたときに、それに気づいたMさんが「どうした~?」と心配して話を聞きにいった。
それからというもの、Mさんの姿を見つけると駆け寄ってくるようになった。
Mさんはただ、うんうんと耳を傾けて聞くだけ。
家族と離れてるだけで心細いはず。
話を聞いてくれる存在を必要としていたんだな、と強く感じた出来事。
必要とされる=存在を認められる
人から必要とされる=自分という存在を認められる
こうなると、生きる活力になります。
人とワイワイするのが好きな人はもちろん、ひとりで生きていける、ひとりが楽・・・という人でもやっぱりどこかで人とのつながりを求めています。
ひとりが楽、の考えの持ち主の私・・・
この考えがありながら、たぶん人一倍さみしがりやだし、必要とされることに大きな喜びを感じます(笑)