こんばんは。

今日は、なぜか朝からそわそわしていた。
一つずつ努力を重ね、明らかに前進している、尊敬する人を少しでも近くで応援したいと、頑張っている場所の近くで自分もある目標に向けて頑張ってみた。
尊敬する人が今まさにすぐ近くで自分を表現している。そう思うと、やる気は驚く程漲る。

一段落して、帰宅するとき、同じくその人を応援しているであろうたくさんの人に会った。本当にたくさんの人が楽しそうで、いい表現をしたんだろうな、と思いを馳せ、嬉しかった。

そしたら、その後に今日、その尊敬する人が素晴らしい夢を実現したと知った。

継続してきた努力が実を結ぶ、そしてそれが新たなスタートになる日だったのだ。
その瞬間、朝からのそわそわ感が強い鼓動に変わった。

前に聞き手によって受け取り方の価値観が違うと言ったが、どんな受け取り方をしようが目に見える物として見せられた時、事実として確立した時、価値観なんてどうでも良くなる。その事実は誰にも変えられず存在するからだ。

自分が応援の言葉を投げかけようがしまいが、関係無かったと思う。
たくさんの人に支えられ、夢を叶える彼女は既に一人の表現者だった。

今日、それを知る事で自分がいかに浅はかさで未熟者かを認識できた。

なので、今日は伝えたい事は二言。

おめでとうございます。
ありがとうございます。


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こんばんは。

今日は、自分よりも年下の人だけど、素晴らしいと尊敬している、ある努力家について。

発した言葉が人にどう受け止められようと、どれだけ気持ちを込めたその言葉であっても真意を見抜ける人はもともと少ないのです。
なぜなら、一対多で行われるコミュニケーションになればなるほど、色々な価値観の人を相手にするから。

親しい関係であれば、話し手がどんな人かをある程度、想像して真意に近い形で伝わるもの。でも、今日出会った人や知らない人だと話し手がどんな人かよりも聞き手の持つ価値観で伝わってしまうものです。

そして話し手は少しでも多くの聞き手に伝えようと、話し手が持つ価値観で最大限の表現をしようとして言葉を発する。

だから、行き違う確率が高くなり、たくさんの聞き手に批判される。心ない言葉が返ってくる。

会った事も無い自分には、あなたが発した言葉の真意など到底分からないだろうけど、これだけは伝えたい。

たくさんの聞き手に対して不信感を抱くよりも、たくさんの聞き手を拒絶するよりも、少なくても真意を受け止められる聞き手に気付いてほしい。
自分の殻に閉じこもらず、ありのままで表現を続けてほしい。

聞き手の価値観は違っていいんです。そこにあなたがどう向き合うか、どう戦うか、それを自身の成長の糧にしてください。

自分は何をしたいのか、何を表現したいのか、目指すべき場所を見失わず、自分の価値観を犠牲にしなければ、必ず前に進む事ができる。

そうして努力を続ける人として成長していつの日かあなたが夢を叶える事を、ささやかながら応援したいと思う。

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こんばんは。

今日はやっと、足かせが一つ除かれた。

これで少し、あなたに近づくことが出来る。

ただ、それが本当に近づく事になっているのかは、今は分からない。
でも、それでも、身動き取れない時間がなくなった事で、可能性は生まれたと思う。

長い道かもしれない、叶わないかもしれない。それでも、自分はあなたに少しでも近いところに居たいと思う。

今はそれだけで前に進む力になっています。

いつも、ありがとう。



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