引き寄せの法則で一般的に言われている手段のひとつとして、

気分よくいましょう、

ってのがある。

これ、たしかに間違ってないと思うんですが、

別の言い方をすれば、

『嫌な気分を感じてしまったら引き寄せはできない』

っていう刷り込みも同時になされてるわけなんですよね。

普通に生きていて、嫌な気分を一瞬たりとも感じなくすることってできます?

例えば、身内が亡くなったとき、良い気分でいれますか?

いや、ムリですよ笑

わたしも今年、尊敬する父を亡くしましたけど、良い気分でなんていれませんでした。

じゃあ、この、悲しみに打ちひしがれている間、良い気分でいれなかったから、引き寄せは起こらないかって?

アホかと。

もうね、そもそもの、『気分よくいましょう』っていうhow toが、引き寄せの沼にはまるきっかけを作っちゃってるんですよね。

気分よくいなきゃいけない=悪い気分を少しでも感じてはいけない

っていう意味不明な底なし沼にはまっていって、

いちいち、

悪い気分になっちゃいけないんだ、常に良い気分でいなきゃいけないんだっていう、ある種の強迫観念にとらわれていって、

引き寄せからどんどん遠ざかっていってしまうわけです。

だから、いつまでたっても引き寄せができない。

さらに言えば、良い気分でいなきゃいけないルールに限らず、

自分的なルールや刷り込みが毎日のように増えていってることに気付いているでしょうか?

例えば、引き寄せたいと思っていたことが引き寄せられなかったとする→やっぱり引き寄せの法則なんて無いんだ…。

はい、ここで、刷り込み完了〜。

『引き寄せの法則なんて無い。私には出来ないんだ…。』

という確固たる刷り込みが完了しちゃったわけです。

もう、こう思っちゃったら、あらゆる引き寄せたいことから相当遠ざかっちゃってますよね。

結果に重きを置いて反応しちゃってる。

結果なんてどうでもいいのに。

大事なのは自分の意識のほうなのに。

別の例えでいえば、

テレビで都内の人気スイーツ店が紹介されていたとする。

店内はとても可愛らしく若い女の子ばかりで、人気メニューのパンケーキは1品2千円くらい。

この情報だけで、人によっては意味不明な刷り込みを自ら行います。

『うわぁ、東京のお店ってなんてこんなに可愛らしくって、キラキラしてるんだろおぉぉ🤩来てるお客さんも若くって可愛い子ばっかり😂しかも1品2千円もする!私なんかが行ったら田舎もんに見られるだろうし、可愛く無いし、東京は遠いし、パンケーキに2千円なんて出せない。。。東京はお給料が良いからみんな若い子でも2千円なんて簡単に出せちゃうんだろうなああ。。。』

…😑

東京 可愛いい子ばかり パンケーキ2千円

っていう情報だけで、意味不明な刷り込みを行うのが人間のアホなとこなんです。まぁ、こう刷り込ませようと意図的にメディアがやってるフシはありますけどね。

これ、年がいけばいくほど、確固たる刷り込みになってしまいます。

もし、子供がこの情報見たら、先入観なんてないから、「行こうよ!食べようよ!」ただそれだけですよ笑

そう、ここでも、意味不明な刷り込みによって、自らハードルを高くして、引き寄せから遠ざかろう遠ざかろうとしてます。

言っときますけど、

都内にもおばさんはいるし笑、テレビに映ってるときは仕込みの子を入れてる可能性大だし笑、東京だからってみんながみんなおしゃれで可愛いわけないじゃないですか。笑それに、2千円のパンケーキをしょっちゅう食べてるわけでもなく…笑

行きたきゃ行けばいいし、食べたきゃ食べりゃいいんです。

なんか、昔…誰だっけ?どっかのセレブが北海道のラーメン食べたいから自家用チャーター機で北海道行ってきたみたいな話あるじゃないですか。笑
スネ夫かな?笑 わからんけど。

けど、その感覚で良いんですよ、本来は。

行きたきゃお金貯めるか借りてでも何でも行けばいいだけです。

田舎モンだなんて思う人はいません、意外と。何故なら人多すぎで、他人のことなんて大して見てませんし。もし見られたとしても、何か困ることでもあるんでしょうか?

ホームレスの人ですら、堂々と歩いてるくらいなんですし。

ちょっとね、はっきり言って、情報が多すぎなんですよ、今って。

簡単に情報が自分の中に入り込んできてしまうから、その情報に右往左往させられてしまってる。

入ってきた情報によって作られた意味不明なルールに縛られてしまってる。

これまで築き上げてきた意味不明な固定観念は捨て去るべきなんです。

常識と思われてきたことを疑うべきときなんです。

怖いと思えば怖い世界になる。

嫌だと思えば嫌な世界になる。

良いと思えば良い世界になる。

ただそれだけ。

怖いと感じたなら怖いと認識していることを自覚してなぜ怖いと感じるのかを精査して受け入れればいい。
怖くない方法を考えれば良い。

嫌だと感じたなら嫌だと認識していることを自覚してなぜ嫌だと感じるのかを精査して受け入れればいい。
嫌でない方法を考えれば良い。

怖いとか嫌だとかを感じてはだめだ、良い気分でいなきゃと、『怖い、嫌だ』という問題から目を背け先延ばしにすることが一番良くない。いつまでも緊張状態が続き、果ては強迫観念にとらわれてしまう。

怖いと思ってもいいし、いやだと思ってもいいし、ムカつくと思ってもいい。

ただ、ちゃんとそれら問題から逃げずに自覚し、なぜそうなのか、なぜそう思うのか、どうしたらそうならずに済むのかを考えればいいだけのこと。

そういうときに脳を使う。

感情がセンサーとなり、それを脳で処理。それだけ。

あ、あと、好きなことをやりなさい。ってのも、引き寄せのhow toでよくありがち。

これもかなり問題を生んでる。

はっきり言って、自分の好きなことなんてなかなか見つかりませんて。笑

だから、自分の嫌いなこと、嫌なことをやらないためにはどう生きたらいいかを考えていくことから始めればいい。

嫌いなことや嫌なこと、やりたくないこと、こういうのはすぐわかります。

だから、そこから潰していけば、好きなことが残るわけです。

嫌なことを嫌だといえばいいだけだったりします(そう簡単でないことも間間あるとは思いますが)。

そもそも。

そもそもですよ。

いま、自分が生きてる世界は自分が作ってるんでっせ。

さっきも書いたように、

嫌だと思ったら嫌な世界になるんです。

良いと思ったら良い世界になるんです。

外から入ってきた情報によって、意味不明な固定観念作っちゃったら、その通りになるわけですから、

逆に、外から情報が入って来ようが何だろうが、自分が創造してる世界なんだから自分に都合の良い固定観念を設定しちゃえばいいわけなんですよ。

自分が可愛いと思えば自分は可愛いんです。

自分、可愛いんだ、可愛いんだ、可愛いんだ、と執着気味になるのは逆効果ですがね。笑

可愛くないと思ってるから執着気味になるわけで…。

あのー。

ぶっちゃけ言いますが、

わたし、自分のこと美人だと思ってます。最上級の美人と言い切る自信まではありませんが、マジで自分のこと美人だと思ってます。もう随分前から。

それは、私は美人なんだ、美人なんだ、、、とひたすら言い聞かせたとかではなく、笑

自分がなりたいイメージってぼんやりとあるじゃないですか。

そのイメージと合う雑誌を見て研究したり、

そのイメージと合う職業に就いたりしてました。

美人な人ってどういう仕事してるかな、とか、どんな格好してるかな、とか、どんな仕草してるかな、とか…盲目的にではなくあくまで楽しく研究してました。

そしたらいつのまにか、美人さんだ、って言ってもらえるようになりましたよ。

アラフォーおばはんになった今でもご近所さんの誰々さんが綺麗って言ってた、とか、おかげさまで全然あります。

けど、ここで言っておきたいのは、

人からの評価を目標にしてなかった、のが大きかったように思います。

別にモテたいとか、美人だねと人に言われるようになりたい、が目標じゃなかったんです。

あくまで、わたしがなりたい人になりたかっただけ。

ほんと、それだけ。

自分が作る自分の世界だから、他人の評価を気にしてるうちは自分の世界なんて創造できるわけないんです。あくまで、自分から見た自分がどうか、だけ。

とにかく、なりたいなら、自分に都合の良い固定観念を作ること。

『わたしは美人である。私は可愛い。』という固定観念。

固定観念は確固たるもの。信じてるもの、です。

自分は可愛いんだ美人なんだ、と信じることができる状況まで自分を持っていけば良いんです。

それには、わたしは研究が必要だったから、自分が美人なんだと信じきれるところまで研究したってわけです。

とにかく、自分の世界を作ってるのは自分です。

『良い気分でいなきゃいけない』なんていうくだらない固定観念作る必要は無いんです。

『良い気分だろうが悪い気分だろうが何でもいい。私が願うことは全部叶う。』っていう固定観念でいいんです。

可愛くなりたいならば、『自分は可愛い』ということを心から信じ切れるようになるように固定観念を定着させるための努力をする。
具体的な努力:例)雑誌で研究、動画や身近な人で研究など→自分を信じ込ませるために実践→繰り返すことで刷り込み完了

お金持ちになりたいならば、『自分は富豪』ということを心から信じ切れるようになるように固定観念を定着させるための努力をする。
具体的な努力:例)本や動画や身近な人などで金持ちの考え方や金融の仕組みについて研究など→自分を信じ込ませるために実践→繰り返すことで刷り込み完了

病気を治したいならば、『自分は健康』ということを心から信じ切れるようになるように固定観念を定着させるための努力をする。
具体的な努力:例)本や動画や身近な人などで健康な人の生活の仕方を研究→自分を信じ込ませるために実践→繰り返すことで刷り込み完了

ここで、とても注意しなければいけないのは、研究の時点で、あまり広い範囲に手を出さないこと、研究にのめり込みすぎてお金をつぎ込まないこと、情報に右往左往させられないこと、言いなりにならないことが超重要です。

こうなってしまっては、元の木阿弥。全てが台無し。自分の本来の目的を見失ってしまう可能性すらあります。

だから、なんでもそうですけど、あくまで盲目的にならずにほどよく楽しく研究です。

自分が信じた情報だけを拾って、願いを叶えることができる自分を信じれば良いだけです。

ちなみに、子供はこんなしちめんどくさい過程は踏まなくても叶います。何故なら、それまでに刷り込まれた固定観念がないから。

子供並みに超純粋で、くだらない固定観念を持ち合わせていない大人ならば、子供並みにすぐ叶います。

けれど、この大量の情報にまみれにまみれ、何が正解かもわからない社会にもみくちゃにされている大人は、それなりのステップを踏まないと固定観念を書き換えることができないように思うのです。

とにかく、

良い気分だろうが悪い気分だろうが叶います。

自分がその願いを叶える人になると信じることができたとき、それは確実に叶います。

信じるための、自分にとって都合の良い固定観念を作っていきましょう。