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『東京ラブ』連載に?ファンは賛否
80年代後半に『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載され、1991年に織田裕二・鈴木保奈美主演..........≪続きを読む≫



「赤名リカの息子は赤名アフリカ」東京ラブストーリー

※「」は引用です。


アフリカと聞いて、何を思い浮かべるかというと、それはもちろんアフリカ大陸であり、原始的な自然、多種多様な民族、照りつける太陽、ちょびっとコプト、というところだろう。
まさか、人名を思い浮かべる人はいないだろう。いや、アフリカ系の方々なら、ありえるかもしれない。しかし、日本人の名前で、アフリカ、などという名前をつけるのは、救いがたい馬鹿以外にいない。

「赤名リカの息子は赤名アフリカ」

赤名リカとは、織田裕二主演のドラマ東京ラブストーリーの登場人物。私も子供のころに見ていたが、今ではほとんど記憶にない。当時、女のほうから「かーんち、セックスしよ」などというのは珍しく、画期的だったという。
その東京ラブストーリーの原作漫画が、二十五年の時を経てビッグコミックスピリッツに掲載された。物語の時間も二十五年を経過しており、それまでの名場面が一ページにまとめられており、そのなかに、「ねえ、セックスしよ」という場面があった。
五十才になって単身赴任中の「かんち」が、娘から結婚の相手を紹介されるが、その名前が「赤名アフリカ」といって、赤名リカの息子だった。

「ねえ、セックスしよ」
「赤名リカの息子は赤名アフリカ」

この二つの言葉は、赤名リカの口からもたらされたものだが、共通点がある。どちらも、頭のなかからっぽのバカ丸出し、ということである。特に後者はひどい。息子にアフリカなどという名前をつけるか? 常識も、良識も、倫理観もない。赤名リカは当時、「かんち」と付き合っていたが、同時に複数の男と寝ており、子供ができた上に「かんち」の子供ではないから別れた。
つまり、「かんち」と付き合っている最中に身ごもった、らしい。

ちょっと待て。

そうして生まれた息子「アフリカ」が、「かんち」の娘と結婚することになった。

マジでちょっと待て。

私はページをめくりながら、頭のなかではずっと、DNA鑑定しろよ、とつぶやいていた。しかし、最後まで、DNA鑑定がされることはなく、またそれ以前に、「アフリカ」が「かんち」の息子ではないと科学的に証明される場面はなかった。
つまり、赤名リカと、それに「かんち」の二人は、常識、良識、倫理観だけでなく、最低限の知能すらない。

赤名リカは、当時、上司にものなどぶつけたり、不特定多数の男と寝たり、その挙句、妊娠したりと、やりたい放題やっていた。自由奔放とは聞こえがいいが、忍耐力が欠如しているだけで、我慢というものを知らないだけだろう。
そこで思ったが、こういう女を最近、見聞した。
どんな女かといえば、いわゆる貧困女子である。
貧困女子も不特定多数の男と付き合ったり、我慢というものができない。そんな我慢のできない女を、雇いたいという人は少ないため、貧困から抜け出せない。バカだから妊娠するし、できたら中絶する。現実にいる赤名リカが、そんな彼女たちである。

もちろん、漫画ではそんなことになっていない。
赤名リカは息子を出産すると、たまたま立ち寄った農家の求人募集に応募し、たまたまそこの主人夫婦がいい人たちで住み込みで働き、たまたまその夫婦が次々にくたばるという幸運の連発で、農地などの財産をひきつぐという、ありえない恩恵を受けることになった。そこで始めたのが、婚活パーティーだった。その理由は、最近は草食男子や恋愛しない女が増えたけれど、ネズミのオスでもメスがいると幸せになる、から。

笑わせる。

恋愛しない若者が増えたかもしれないが、セックスをしていないわけではない。逆にセフレは増えている。好きな時に、したい人とセックスをする。恋愛するよりも、セックスだけしているほうが楽だから、「ねえ、セックスしよ」と。

東京ラブストーリーは、そういう若者の走りを書いていたのではなかったのか?
赤名リカは、「かんち」と付き合いながら不特定多数の男とセックスしまくった挙句、誰の子供かも分からない子供を授かったが、そのすべての男と恋愛をしていたとでもいうのか?
体だけの付き合いはなかったとでもいうのか?

もちろん、そういう若者が出てきたのは、東京ラブストーリーの力といわない。ただ、当時はすでに、そのような風潮を許すバックボーンがあったのだろう。そこに東京ラブストーリーがお墨付きを与えた。その結果、たかが外れたように無計画にセックスをしまくり、できたらできたら毎年、三十万人もの赤ちゃん殺しが横行するようになった。そして我慢のきかない貧困女子が激増した。さらにそれが進んで、恋人はいらない、セフレがいい、というバカな男女が増えた。

それで今更、婚活パーティーを開いて恋愛を進めるなんて、コントでもやりたかったのか?

しかし、作者がそこまで馬鹿だとは思わない。
現実を知らないとも思えない。
そもそも、たまたま立ち寄った農家の人に良くしてもらい、さらにその人たちが次々にくたばったうえに財産までもらった。
そんな棚から牡丹餅など、あるはずがない。

だからこそ、あえて、そんな棚から牡丹餅を書いたのかもしれない。

赤名リカのような、我慢のきかない女は、貧困に落ちる道しかない。重ねて言うが、そんなわがままで押さえのきかない幼稚な女など、雇いたいという人は本来いない。しかし、自分の物語の登場人物が、ドラマで話題にもなった女が、貧困女子になってはかわいそうだし、恥ずかしい。
だから、今も元気でやっていることにしたい。
それには、どこかの会社に就職して、なんて書くよりも、開き直ってありえない展開を書いたほうがいい。そうすることで、これはファンタジーなのだと、現実とは違うのだと、作者は言いたかったのかもしれない。

漫画は先週か先々週だったと思うが、先週発売された週刊文春では、作者の柴門ふみにインタビュー記事があった。

「彼女は自分に合う男性が意外に少ないことを、カンチと別れてから知った」

どれだけ馬鹿なの? 何人もの男と同時に寝ておきながら、別れてから初めて知るなんて、救いがたい知恵おくれだ。作者によれば、昔の男のほうがよかった、と思っている既婚女性は少なくないらしい。それ、昔の男に未練たらたら、ってことですな。ダッサッ。夫に失礼とか思わんのかね。とっとと離婚しろよ。

また、柴門ふみは、

「あの時代、“リカ”だった女の子(リカのモデルたち)は、驚くほどみんないいお母さんになっているので、それを反映させたストーリーとなりました。本当は、三上と長崎さんの話も描きたかったのですが、ページが足りずに断念。いつか機会があれば、描いてみたいものです」

などといっているが、もちろんこれも、ファンタジーだろう。付き合っていようが平気でほかの男と寝まくる、我慢のできないこんな女たちと付き合うのならまだしも結婚したいと思う男はいない。

最後に一言。
マジでDNA型鑑定しろ。