お話
「絶対、医仙様も、テジャンの事を・・・」
部下の男が何の気なく発した言葉だったが、『医仙』の響きには誰よりも敏感だった。
その名を耳にするだけで、ずっと眠っていたはずの心の臓が、トクッと音を鳴らし、息を吹き返すようで・・・
心の奥底を漂う靄がかった物を感じ、チェヨンの眉尻が僅かに動いた。
そして、小さく音を奏で始めた心の臓は、足早に歩み始め、それと同時に周りの空気も緊張を帯びる。
だが、今思えばそれがまずかった。
後悔先に立たずだ。
イムジャと俺の名があがった事で、咄嗟に、体に不必要な力が入った。
身構えた自覚も十二分にあった。
おそらく己が思うよりずっと・・・俺は、怪訝な表情をしてしまったのだろう。
ほんの僅かの気の変化すら、敏感に感じとるのがウダルチだ。
その上、女人の心を掴む事を生業としているようなこいつは、特に場の空気を読むのが得意だった。
視線の先を、トルベに移し、右の瞼をあげ、続きを窺うが
「いえ、何でもありませぬ」
トルベは余計な事を言っちまったとばかりに、横に小さく頭を下げると、チェヨンの視線を避けるようにし、その続きを言おうとはしない。
失言だったと思い込んだトルベは、続きを口にする事は出来ず、そのまま言葉を飲み込んでしまったようだ。
「・・・」
話だけ振っておいて、続きを言おうとしないトルベに、チェヨンは苛立った。
≪俺の事を≫≪イムジャが≫≪絶対≫、と、こいつは、今そういった。
イムジャが・・・
俺の事を、俺の事を ⇒ 絶対、絶対・・・絶対、とは、一体、何だと言うんだ。
自分にそう問いながらも、心が求めている、続きの結論は、分り切っており、自問自答に近い。
知らぬ素振りを決め込みながらも、心の片隅で、『もしや』、への期待が膨らみ、耐えがたく確信を得たい。
自分が情けなくもあるが、不思議となんだか胸のあたりがむず痒いような、体温を忘れたはずの我が身に、血が通っているのだと
強く自覚する。
否応にも気持ちがあがる。
俺の事を・・・
ゴホンと、大きく咳払いをし、続きを言えと、促すような視線を送ってみるが・・・
有ろうことか、事の発端を作っておいて、この男は口笛なぞ吹かしはじめた。
なっ・・・だっ、もっとも重要な所で、口を噤むとは・・・ふざけるなっつ
イムジャが、イムジャが・・・・俺の事を・・・絶対・・・・言葉の端くれが、頭の中をぐるぐると回る。
思わず下唇を小さく噛みしめる。
イムジャが、イムジャが・・・・俺の事を・・・絶対・・・・絶対・・・
↓
↓
↓
●×△◎■。
人を煽っておいて、肝心な結論を口にせず止めるなど、男の風上にも置けぬと、腹立たしい事この上ない。
●×△◎■・・・・
↑この部分が、この部分が重要なんだ・・・っ!!と、内心、叫び散らしたい。
だが部下を相手に、その続きが聞きたくて仕方ないなどと、どうしたら言えるというのだろう。
続きを・・・その続きを早く言えと、喉から手が出る程、口にしたいのに。
どう考えても、体面に障る。
だが、どうしても気になり、体面を取り繕うよりもその続きを得る利が勝る。
チェヨンは、敢えて表情を引き締め、己の真意を気取られぬよう、続きを促した。
声色を押さえ、呟くように問う。
「医仙が何だ?」
しかし、余計な事を言ってしまったと、気まずく思っているトルベは
「いっ、いえ、俺なんかが、差し出がましく、失礼しました。そろそろ、番ゆえ、しっ、失礼します。」
ぺこりと逃げの挨拶をすると、足早に立ち去ってしまった。
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十歩の距離を確保したところで、トルベは口の端に含み笑みを浮かべる。
この策略は、題して『言い淀む戦法』これ程、心理的興味を誘うことはない。
戦の百戦錬磨も、高麗一の、恋の百戦錬磨の俺様にかかれば、ちょろいもんだと、心の中で独りごちる。
罠にかかった事も気付かない当のチェヨンは、当面この問題に悩まされそうだと・・・
小さなため息をついたのだった。
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罠かかった戦の百戦錬磨談
チェ氏:
『一日中気が気じゃありませんでした(TT)ムスッ』
・・・くそ、トルベめ・・・覚えてろ・・・
こんにちは、りおです
なぜか?ここ最近、こんな休眠ブログに、アメンバー申請を頂く事が増え・・・
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ID、PWが分からない ガーン
という状態で、あれこれ探してたら、書きかけだった小話があったので、久しぶりにアップしてみました
己のIDとPWも分からないくらいなので、すっかりお話ってどう書けばいいのか 忘れた感じですが・・・
片目くらいで見て頂ければ嬉しいです。