童貞とは全ての男が克服すべき壁だ。


思春期にはこの壁を越えるべく、四苦八苦するのが現代の日本男児だろう。


私の童貞卒業は高校2年の時であった。


当時、コミュ障の私のは童貞を卒業するためにオンラインに助けを求めて、"ふみちゃっと"とかいう変な出会い系で会った子で卒業したが、期待ほどの感動は無かった記憶がある。


その後、大学生になり、田舎から東京の有名私大に通い始めた学生にありがちな大学デビューを果たした。


合コン、学校祭、学生パーティー、クラブ、とあらゆる手で彼女を作っては遊び、最大風速の際には、9人の彼女と同時に付き合ったりもした。


我ながらカス野郎である。


その後、社会人になってもてきとうに女遊びを繰り返していたが、ある日、重大なことに気が付いた。


そう、私はグローバル童貞であったのだ。


この壁は、越える価値があり、必ずその先に何かがあると私は信じた。


それだけが理由ではないが、私はその後アメリカへと飛んだ。


私は差別主義者ではないが、正直、日本人(黄色人種)は、アメリカの女性(白人)には相手にされないのではないかという懸念をもっていた。


しかしその懸念は一瞬にして消え去った。


それは渡米4日後のことであった。


私はいつものように朝スタバでコーヒーを飲みながら英単語を覚えていると、1人の女性が私に紙を渡してきた。


"It's for yours"


みたいなことを言っていた気がしたが、私の英語力では理解できず、女性は一瞬で立ち去り、顔すら見ることができなかった。


"Coffee boy"というふざけたタイトルのかかれた二つ降折りの紙には、彼女の番号が書かれていた。


そう、逆ナンされたのだ。


当然、天狗になった私はすぐにメッセージを送り、何度かデートを重ねた後に、事に及んだ。


それは渡米10日後のことであった。


初めは恐怖すら感じたアメリカであったが、あっという間にグローバル童貞を卒業した後の私には、少し小さく感じられた。


私は日本人で20人のくらいの女性と関係を持ち、高級風俗にもよく通ったが、アメリカ女性のそれは、想像を絶するほどの快感であった。


それは言葉では表せない、映画の中のような世界である。


モデルをしているだけあって、顔も美人な彼女であるが、テクニックも半端ではない。


壁を越えるのは簡単ではないが、その先には必ず期待を越えるものがある。


どんあことであれ、成功を重ねていくことで、人は自信を持ち、成長していくものだ。


リスクをとってアメリカに渡った私は、最初の成功を手に入れた。