父の命日でした
写真と法名を書いたものだけですが
定位置に飾って
忍んでいます
訳があって
母と妹とはちょっと距離を置いています
仲違いをしているわけではありません
用事があれば電話もくるし
私の方からもします
遺恨があるわけではなくても
身内だからこそ
一定の距離を置いた方がうまくいくこともあるのだと
悟りました
寂しいですが
私が距離をおくことで
みんなが幸せに暮らせるのなら
それもいいかな とやっと思えるようになったんです
私は
家族の中にあっても異端児でした
ちょっと変わってる子
自分たちとは性格も考え方も違う子
家族で同じことを経験しても
私だけ感じ方が違っていました
子どもの頃からの違和感は大人になっても変わらず
ずっと居心地が悪かったです
それでも家族だし
私は長女だし
みんなの幸せを考えていました
私にできることを一生懸命やってきました
自分とはタイプが違う人というのは
たとえ家族であっても寄り添うのは難しいんですね
父の法要ですが
私がやらないという二人を説得して無理やり行った1周忌以来
命日どころか三周忌もしていません
今年も
私は私で
写真に語り掛け ひとり忍んでいます
これでいいんだよね
写真の中の父は笑ってます
そうだ
私も笑った写真を残しましょう
私が死んで
もしこうして語り掛けてくれる人がいたら
その時の写真は絶対に満面の笑みの方が良いものね
