入信きっかけは、最初の子の妊娠中でした。ある日、小学生だった子を連れたエホバの証人の姉妹が訪問してきました。
死後の世界を信じていましたので、話ははずみました。
それから再訪問があり、正式に研究。
研究始めて約2年後に、死後が無になると実感しましたが、この時は、聖書って、すごい。本物だ。と思っただけでした。
ですから、何の進歩もない。やりたいことして、司会者泣かせ…。
そして離れることに…つまり、研究うちきりです。それくらい堕落していたので…。何故学んだか?わかりません。何も考えてないので、流されるまま…すべてにおいて…だから打ち切り。聖書の中身は道徳基準が高い。
これは、離れて、色々経験して感じたことでした。
ですから、ある経験を通して、神に近づきたくなり、また、学び始めました。
楽園などどうでもいい。聖書の中の人格を身につけたい。そのためには、また学ばないと…でした。
神の存在は小さいころから信じてはいたので、なぜ、神を崇拝する必要があるのか?
これに焦点を絞って学び、バプテスマを受けました。
では、何故、自然消滅したか?
⑴クリスチャンに愛がないこと。私が再び学び始めた時の周りの反応はすごいものがありました。いい反応ではなかったのです。で、それはずっと続いていました。
体調もすぐれなくなり、精神的にも不安定に…。
聖書を学び始めることで、初めてものごとを考えていき始めましたが、それが裏目に出たのか、プラス思考で、自分は自分。人は人。から、マイナス思考で、人を気にしすぎるように…。
いつしか、集会だけ行き、奉仕は休むようになりました。元々、口下手で、表現の下手な私なので、奉仕は苦手でしたし、再訪問は、恐怖でした。
自分で限界を超えそうになった時に、自分を見失わないように、人間らしさを失わないために、自然消滅という形をとりました。
クリスチャン用語では、励まさない話ばかりです。こんなクリスチャンもいたんです。
何故、バプテスマを受けることできたのか、今も不思議です。
知識もない、霊的でもない私。だからこそ、心の部分を大切にしたい。
私にとって、楽園やハルマゲドンや永遠の命はどうでもいい。ただ、聖書の中にあるように、心を守りたい。
それだけです。でも、それを知れたのも、ある意味、エホバの証人に巡り会えて、学んだからこそ。だから、そういう意味では、感謝しています。