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長い悲しみの歴史と

ロケ、そしてEnijeの活動として今日は長旅であった


まずアコソンボから車で6時間


カクム国立公園へ

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想像はるかに絶する高さの


この吊橋


渡れますか?笑


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何度来ても

クレイジーな橋だ‼︎


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そしてこれがカカオの実ね

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この公園のあと、

奴隷貿易の拠点となったケープコーストへ行った


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ケープコーストは植民地と奴隷貿易の象徴である
 

よって深い闇の時代の象徴として君臨してることは言わずと知れた事実
 

しかし、ガーナにおける西洋的な教育というのはここから始まったという歴史もあり、ガーナ最上の教育がいろんな分野においてここに集約されている、という事実はガーナの有識者なら誰もが知っていること。



治安は正直褒められるほどよくはない!


むしろ夜20時以降のタクシーは街をまたいだ移動は絶対にNGだ



だけど、建物は歴史があるものの洗練されていて、輪郭はアクラやテマより凛々しくそびえ立つ。

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一瞬半世紀?と間違えてしまうが500年以上続いた奴隷貿易の歴史。
 

その悲しみの歴史なかで、同時に人々のDNAのなかにわずかな光として刻み込まれた何かが、ここケープコーストで見え隠れしていた。
 

一概にオールプラスには捉えられないのだけれど。
 

たくさんのことを感じずにはいられない奥行きのある旅を
 

もう1つのルーツが与えてくれた自由に

 
感謝を込めて

 
今日ケープコーストを後にします