めちゃくちゃ久しぶりのブログです。

 

 

 

 

 

 

2025年がスタートしましたね。

 

 

 

今年は本当にものすごく楽しみです。

 

 

 

 

なぜなら、わたしが大きく変容する予感しかしないから。

 

わたしが大きく変容するということは、わたしの世界が大きく変容するから。

 

 

 

同じように感じておられる方は多いんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

変容の手始めとしてまず、時間という概念から自由になろうと思います。

 

 

 

より、今ここ今この瞬間に意識を全集中させたい。

今ここ今この瞬間に全夢中になりたい。

 

 

 

このような望みが出てきたからです。

 

 

 

 

その初めの段階として、自分の身體のリズムに敏感になりたいと思いました。

 

 

 

 

きっかけは昨年のこと。

マヤ暦のセッション等で活躍している親しい友人がきっかけでした。

 

 

 

友人がマヤ暦ダイアリーをプレゼントしてくれたんですね。

 

 

 

その時に、マヤ暦ダイアリーの使い方やマヤの叡智を色々教えてくれて、

めちゃくちゃ興味がわいてしまったのです。

 

 

 

 

早速毎日書き込んでいると、自分の心身のリズムやバランスがあることに少しずつ気づき始めました。

 

 

 

これまでしていた仕事をやめてから特に、日にちや曜日の感覚がなくなってきてはいましたが、

マヤ暦の宇宙のリズムや自分自身のリズムやバランスに意識的でいると、

今まで当たり前に採用していたグレゴリオ暦がとても不自然に感じるようになったんです。

 

 

 

 

日本では元々、太陰太陽暦(旧暦)や二十四節期が用いられていましたよね。

 

 

 

調べれば調べるほど、こっちの方が超自然的で宇宙の流れのままじゃあないか!と感じたんです。

 

 

 

 

明治5年12月2日までは、太陰太陽暦を使用していた日本。

その翌日から明治6年1月1日、グレゴリオ暦1873年1月1日として導入され始めました。

 

 

 

世界と関係性を持つ上では導入されることも当然だと思いますし、

お互いの共通認識として重要なことであることは間違いないでしょう。

 

 

 

ですが、こういった暦の意識がズレていくだけで、

わたし達の心身はいとも簡単にバランスを崩すことができるんじゃないかとも思うんです。

 

 

 

 

なので、マヤ暦ダイアリーを通して、日本人としてわたし自身としてのリズムを意識し始めたことを機会に、

社会や人と接する時以外、グレゴリオ暦のカレンダーは完全に無視しようと決めました。

 

 

 

 

そんな矢先でした。

 

タイムリーに昨年、冬至点が新しい1年のスタートであることを知ったのですが、

これも本当に、まさに、そうだよなあという内容で…。

 

 

 

身體の素粒子や細胞レベルで感じていた感覚を、

具体的に的確に言語化してくれたみたいな「真実」だったんですね。

 

 

 

だから、昨年の冬至点である12月21日18:21前までに

必要な大掃除を済ませて年越しそばをいただき、

12月21日18:21をもって、新しい年の幕開けとして過ごしました。

 

 

 

人生初のとても不思議だけれど、とても心地よい新年のスタート。

 

 

 

自然のリズムや宇宙のリズムと自分のリズムが完全に調和されたような、

本当に最高の気分でした。

 

 

 

 

 

 

 

自分ひとりの時以外、グレゴリオ暦は完全無視!と決めたら、

今度は日々目にする時間の表示や感覚も窮屈に感じてきましたw

もはや暴走状態www

 

 

 

わたしが持っている時間の概念も変えたくなってきたんです。

 

 

 

 

わたしは無意識にいつも、家にいても時間を気にして、

 

「あーもうこんな時間や。早くあれしなきゃ。」

 

「うわー。これするのにこんなに時間がかかってしまった。」

 

とか、いちいち思ったり考えたりしてしまっているんですね。

 

 

 

この感覚もめちゃくちゃ気分がよくない。

 

まだまだ時間の奴隷に成り下がってるクセが抜けてない。

 

 

 

 

ですが幸いわたしにとって、気分がいいあり方は知っています。

 

 

 

 

それは、今ここ今この瞬間に全集中、全夢中でいること。

 

これは最高に気持ちがいい。

 

 

 

 

じゃあ、今ここ今この瞬間に全集中、全夢中でいるためにわたしができることは?

 

 

 

 

よくよく考えた結果、

 

 

 

 

わたしの1日は1ヶ月の濃密さと価値があると意図すること。

 

 

 

これがいい!と思いました。

 

 

 

 

はじめ「わたしの1日は1年間の濃密さと価値がある」って出てきたんですが、

いくら厚かましいわたしでも、さすがにちょっとそれは抵抗を感じましたw

 

 

 

いずれ必ずそう意図すると思いますが、

今は心が「これがいい!」と思った、「1日を1ヶ月間の濃密さと価値がある」と意図して過ごしていきます。

 

 

 

 

そう意図して過ごしていると、

なぜ今ここ今この瞬間に全集中、全夢中できると思ったのか?ですが、

 

わたしにとって、1日を1ヶ月と捉えること設定することで、

セカセカ焦ることや追われる感覚、重い感じがしなくなるからです。

 

 

 

 

「それっておかしくない?逆じゃない?」と、思われる方もいらっしゃるかと思いますw

 

 

 

 

でもわたしの場合は、1日を1ヶ月とすることでめちゃくちゃ集中力と夢中力が増すんですよね。

 

 

 

何かやるにしても、まったりするにしても、怠けるにしても、ゴリゴリやりこむにしても、

この1日が1ヶ月間の濃密さと価値があるなら、

 

何でもとことん味わってやるぜ!どんと来いやあ!!

 

と、謎のスイッチが入るからなのですw

 

 

 

 

自分でも超意味不明。だけど確実に今のわたしには有効。

ならば、採用しない選択はありません。

 

 

 

 

わたしの1日は1ヶ月間の濃密さと価値がある。

 

 

 

 

この意図が出てきてくれてから、毎日かなりワクワクしていますw

 

 

 

 

 

 

 

マヤ暦でも太陰太陽暦でも何でもですが、自然のリズムや宇宙の流れと同調できるツールは重要です。

 

 

 

でも最も重要なのは、

自分自身のリズムを感じて調整し調和することだと思っています。

 

 

 

 

本来は、

 

 

自分=自然=宇宙

 

 

が理想ですが、そうなれない時や自分がガチャガチャしている時は、

 

 

自分>自然>宇宙

 

 

くらいで丁度いいと感じています。

 

 

 

 

自分の目の前に広がる世界のすべては、

自分の望む通りに定義していい。

 

 

 

 

人に合わせるべきでは?

 

時間に合わせるべきでは?

 

状況に合わせるべきでは?

 

常識に合わせるべきでは?

 

 

 

 

いや、何よりも大切で何よりも価値があるのは自分自身でしょう。

 

 

 

まずはあらゆるすべて、何でもかんでも「自分」に合わせる。

「自分の方に」寄せてくる。

 

 

 

やるべきことがあるとすれば、そっちの方ですよ。