シャイな露出狂 -8ページ目

シャイな露出狂

誰に遠慮することなく言いたいことを言ってもいいんじゃない?
そんな自己満足ブログ

東京生まれ、東京育ち
母は島根出身、父の出身はよくわからない
日本産の日英クォーター
使用言語は日本語
あとは父から教わった英語が少々
でも中学校の授業で父から教わった英語(イギリス英語)を馬鹿にされて以来、滅多に使わなくなった

小学校の就学前テストで高い知能指数をだしたことから
5歳の時、当時の文部省から目をつけられた
とある研究機関と文部省が行っていた高知能児を集めたプロジェクトに5歳で参加
毎週、ある場所に集められた子供たちはそれぞれの特性に合わせて様々な研究に参加した
もちろん自分もだ
主に行ったのは研究員と話す事だったが
脳のデータを取るために脳波の測定をしたり、CTで脳の活動領域を調べたり
さまざまなテストや検査が繰り返された
本来任意参加であるはずのそれから抜け出したのは8歳の時
何度も何度もしつこく文部省の人間が家を訪ねてきては
「もう一度参加する気はないか?」
「もし参加したくないなら、アメリカに行ってはどうだろうか?
海外には君のような高知能の子供の教育施設があるから」
と説得を繰り返したが両親が頑として受け入れなかった
「普通の子供として育てる」
それがうちの両親の決定であり、教育方針だった

そのプロジェクトに参加する子供達
中でも知能指数が高い子供と少し変わった特性を持つ子供には
18歳まで追跡調査が行われることになっていた
毎週のテストや検査がなくても常に監視状態にある
そんな生活は窮屈だった

3歳の時の知能指数、いわゆるIQは178
子供としてはそんなに高い数値ではない
あるきっかけで19歳の時に受けたビネー式でのIQは176
それまでのも何度か受けた検査では175を下回る数値は出たことがなく
子供の頃から今に至るまでほぼ数値は変わらない

そして19歳の時
様々なテストや検査、面談を経てくだされたのは
「レベル3のギフテッド」
発達障害はなし
レベル3と認定された能力は学術上は「高度な空間認知能力」
でも本当は違う
空間認知能力なんて高知能をもつ者でなくても誰でも使えるし
いたって日常的に自然で当然の感覚は能力なんて呼ぶほど大したものではないからだ
得意と認識する能力は別のもの
学術上の分類はできないし
本気を出す機会がないので実際どの程度まで使える能力なのか自分でもわからない

2016年現在ではどうなっているかは知らないが
当時の文科省の基準ではギフテッドをレベル1~4まで分けており
レベル3以上のギフテッドは文科省のある部署が管轄を担当し身元登録されていた
もちろん当然のように登録がされ
そこからまた追跡調査が始まる
期間は20年
そこからまた逃亡の人生が始まった
人生にテーマを付けるとしたら間違いなく「放浪」だろう
たぶん生まれたときから定められていた「放浪」
それは孤独と自己嫌悪の連続

そんな人生を歩んできた人間の言葉を綴る
そんなブログはここから始まる