積み重なる時間の中で -鶯酒場(南千住) | 丁稚烏龍帳

丁稚烏龍帳

today,detch stood live on the earth,too…

最近、閉店付いてる丁稚です。あんまり縁起良くないか(苦笑)。
ミーハー根性でしてね、古き良き居酒屋が幕を閉じると聞けば、その前に空気の一欠片なりと胸にしまいたいと思ってしまうのです。
今日はそんな話。


先日の晩、山谷の番組がやってましてね、おお、丸千葉の裏通りとか、見知ったスーパーだとかを見ながら楽しんでいたのですが、山谷あたりはともかくも、南千住の駅前は大きく変貌しています。南口には大きな商業施設ができましたし、タワー型のマンションが林立。なかには僕の大学の先輩が住んでたりもしますが。その中で、北口駅前は昔ながらの佇まいを残した渋いエリア。路地にも小さい赤提灯が何軒も、細い通りを抜ければコツ通り商店街。いい雰囲気なんですよね。けれど、再開発の手はやはりその空間にも及ぶのですね。それ自体が悪いことではもちろんないけれど。


北口駅前の一隅に、ひっそりと小さい酒場があります。名を鶯酒場。
鶯酒場正面

駅前の再開発に伴って二十何階建ての駅ビルが建つのだそうです。そのため一時移転をするということで、2月15日が今の建物の最後の営業だという情報が耳に入りました。ならば、行くしかありますまい。日は水曜日、終業のベル(鳴らないけど)とともに決然と席を立ち、そそくさと駅に向かいます。向かうは千住大橋駅。まだ、ときわに行けてないよ~、もう温かくなっちゃったよ~、花冷えの頃に…と謎の私信を織り交ぜて(苦笑)。
大橋とだけ刻まれた鉄橋。がっしりした作りがいいですね。建造物マニヤではないのだけれど、通るたびに惹かれるものを感じます。

千住大橋から南千住までは、徒歩15分ほど。駅前の金太郎寿司、路地裏のもつ焼きカミヤ、この中華屋さんもよさそうだな。土地土地にいろいろなお店があって、人々が息づいているんだという当たり前のことを気づかされます。だから、自分の住む土地を大切にしないといけないんでしょうね。最近、もっぱら地回り、家ごはんが多いんですけどね。閑話休題。

そんな一隅にお店はあります。大きな暖簾の紺地に染め抜く「鶯酒場」の三文字。



ホイス 失礼しますと入店すれば、変形コの字のカウンター。入って右手奥が長く伸びる、Jの字型というのが正しいかしら。

右手奥に腰掛けます。

まずはと悩むこともなくオーダーするのは、名物ホイス。程なくして注がれ出てくる中ジョッキ。一口口にすれば、下町のボールに似たあまやかさとともに最後に感じる微かな苦味。このほろ苦さがホイスの特徴でしょうか。
この味は…一人グラスを傾けながら、ふと初めてこの酒場を訪れた、あの日を思い返します。あれは徳多和liveの日。叔父貴とu先生との引き合わせ、僕と叔父貴は三軒目、程よく飲んで、響くviviさんの澄んだ唄声。yagoさんの演奏に乗って、わっくんと二人踊った夏の日。


時が止まったようなこの静かな空間。一人思い出に浸ったり、思考の海を漂うには最適の場所です。

でも、あてもほしいよね(苦笑)。ということで、遠めの木札に目をやります。

入り口近くのお父さんが食べてたレバ刺しもいいけど、最近もつずいてますから今日はもつは控えなね。
おでんも美味しそうだなあ。「単品おでん時価」ってのは洒落が効いてますね。


手羽煮 そんな中で目に入ったのは、鳥手羽の甘辛煮。
オーダーするとレンジでチン。ん?と警戒したものの一口含めば、ほろっとほぐれる身の柔らかさ。これはもとの仕込みが相当大変でしょうね。こっくりしつつもさっぱりとした甘味もほどよい感じです。思わず両手でむしゃぶりついてしまいました。


斜向かい、といってもカウンターが長い分、かなり遠いけど、に座った兄さんが、文庫本を片手にビールを飲み始める。壁のオーダーをみながら、つまみは何にしようかと考えていると、おもむろに兄さん。「はんぺんください」。
ちょうど、僕の席の前が調理台。注文が入ると、マスターが冷蔵庫からはんぺんを取り出します。これがまた厚い。うおっ、美味しそう。しかもこんがりと色づくと益々食欲をそそります。これは行くしかないでしょう。お願いします。


はんぺん
ほどなくして焼きあがるはんぺん。なにもつけずに手づかみでがぶりとやれば、練り物の甘みとふわふわした柔らかさがホイスの微かな苦味によくマッチしますね。

さらに引き続き、こまいのオーダーが入ります。どんなのだろう…はんぺんをぱくつきながら興味津々…焼き上がり、でかっ!。
しかも脇に添えられたマヨがこってり型で美味しそう。と、それも兄さんの前に運ばれていくのですが、それを横目に「こまい、僕もください」。

こまい
少しばかりの間が空いて、「こまいは、半分ならあるの」とやさしい笑顔のお父さん。たぶん、断ろうかどうしようか迷われたんでしょうね。その一言とはにかんだ笑顔に人柄がにじみ出ます。御髪が少し薄くなられているけど、童顔の色艶はよく。このお店の雰囲気にいかにも調和した姿は、大人を感じさせます。

半分てのは一尾ってことね。でも、かまいませんがな~。

焼き上がりまでのしばしの時間を待つ。見れば、僕の正面、向こう側のカウンターの内側でお母さんが舟を漕いでいる。七十代とお見受けしましたが、年輪の刻まれたお顔。それはマスターの雰囲気同様、艶を放つカウンターにも似て、このお店の静かな雰囲気に調和して。ああ、そうか、マスターもお母さんもいて、この鶯酒場なんですね。当たり前のことを失念していました。
さあ、こまいちゃんが焼きあがってきましたよ。おお、肉厚。適度な塩気がいいですね。一尾でも、あてとしては十分ですよ。唯一残念だったのはマヨが添えられていなかったこと、ん~、あれは一言添えた方がよかったのか、残念。


赤い提灯、風にゆられて
さて、程よくよいも回ったところで…ホイスもおかわりしたし(苦笑)、静かな時間も堪能できたし、ここらでおいとましましょうか。

お勘定をお願いすると、目の前の珈琲ゼリーのカップに入ったチップを数えます。このやり方もレトロですね。しめてお会計は1500円ほど。


ということで、鶯酒場仮店舗営業は3月2日からです…記憶が確かならば。
どうか新しいお店も、静かな店内でおかあさんが舟をこげるような、そんなゆっくりした空間でありますように…。