現状を受け入れるなんてまっぴらごめんだ。

あのときあのままかわいそうで傷だらけで残念な人のまま死ねたら良かったのに。

どうしてまだ生きているんだ。

ささやかな日常の幸せなんて受け取らない。

びんぼくさい。


借金返すためにめちゃくちゃ働くとか、

頑張るとか、

全然無理。


そんな私の本音に気付かれたら、

人に罵倒され見捨てられる事を思うと、

逃げ出したくなる。

全てから。


心改めたフリして現実に出ていったとしても、

このエゴが消えるわけじゃない。

傷ついたフリして、

現実逃避して、

実際に逃げ出して、

いや、

もしくは。

もっと巧妙に、

ある程度頑張って自分を認めたフリして、

誇大妄想に浸って、

無謀なチャレンジという現実逃避をして、

そしてまたここに戻って来るのだろう。


時間の無駄だよ。


今までだってそうだった。


何もしないまま時が流れる、

快適な部屋。


まだ苦しみがたりないのか?

いや、苦しいフリして大して苦しんでなんていない。


人生客観的には恵まれていると思う。

恵まれているのが当たり前で、

感謝という心より、

苦労や努力から逃げたい心を選んできた。


じゃあここからはもっと苦労しなさい。

なんて人生が待っているなら、

やだよ。


傷つきやすいの。

繊細なの。

敏感なの。

こんなカオスな社会の中で生きて行く自信がないよ。


誰か愛してそばにいて。

心の底から安心感を与えてくれよ。



言葉だけで色々言われてもわかんないよ。

愛してるから、愛があるから、

という前置きのついた言葉は、

愛してるから言う通りにしろと言われてる気がする。


言葉なんかいらないんだよ。

ただ安心した心が欲しいだけだよ。




あーまたこうやって、

何も出来ない子供のようなフリをしてる。


人からの愛情を、

部分的に選別してしか受け取ろうとしないくせに、

絶対的な愛と安心感を求めてる。


この世界にそんなもんないんじゃないか。

少なくとも私が今見てる映し出している意識の現実にはね。


だから這い上がれと言う。

恐ろしくてそんなことはできないと言う。