自殺。

以外の方法で、

この苦しみから逃れる方法はあるのだろうか。


世の中に姿を現わすことは恐怖でしかない。


働かなければいけないのに働きたくない。


恐ろしい。


感謝や生きる喜びを、

感じることが出来る方法はあるのだろうか。


感謝するべき所で出来ない。

正直な本音の話。

感じられないものは素直にそうなのだから仕方ない。


もっと痛い目にあわなければならないのかもしれない。

地獄に落ちれば、

天から差し伸べられた一本の蜘蛛の糸に感謝するだろうか。


今よりもっと深い地獄があるだろうか。


あるだろう。

自分の部屋がある。

快適なベッドでねている。

食べたいものを食べている。

酒やタバコを買っている。


それらの望みが全て不自由になったら、

私は感謝できる人になるのだろうか。



自己中なのは重々承知だ。

そしてゴミのような存在になろうとしている。


しかし自分は自分をゴミのように見捨てようとしても、


誰かにゴミのように見捨てられたら、

とてもとても痛くて辛い気持ちになるだろう。


少しずつ見捨てられることを望んでいるのか。


いや、

自分を自分で見捨てる代わりに、

誰かに自分を見捨てないで欲しいパフォーマンスをしているだけだ。


わざと地獄に落ちて、

誰かに助けてもらい

生き延びようとしている

ずるさ。


そんな私を、

私はより見捨てようとする。


何故今日も生きているのだろう。

早く自殺すればいいのに。


ただ、

もう一度あの場所に、

首をつりにいくには、

それなりのエネルギーと衝動が必要。


何故あの時生き延びた?


まだ生きることの理由があるのか?


生きようとする事も、

自殺しようとする事も、

それなりのエネルギーと衝動が必要。


今はそのどちらもないから、

死にたいとか言いながら現実には生きようとせずにただ存在するという形で一応生きている。



苦しいのか?

辛いのか?


わからない。

だって間違いなく望み通りであるのはわかるから。


誰かや何かによってこうなったのではなくて、

自分で望んでこうなっているから。


文句なしの完璧な現実なんだ。

これが。


そしてここから出たいなんて、

ちっとも思っていないんだ。