なんでこんなブログ書いてるんだろ。
まだ救いを求めてるから。
自分の醜さを晒せばなにか救われるかもしれない。
そんな風に思っているから。
頭が痛い。
私は醜い。
だけど、
その醜さが全てではない。
いいところもあったはず。
見えないのは、
醜さを否定するからだ。
分離の反対側。
切り離しているから分離して、
どちらかしか感じられないのだ。
いつも寝る前に思う。
明日になったら、
エネルギーに満ち溢れた素晴らしい自分になっていたらいいなと。
しかし、
たまに、
素敵な夢をみても、
目覚めたらいつもどおり、
変わらない方を選ぶ。
そのやりとりに疲れた。
なにか大きなエネルギーが、
私という存在を丸ごとすくい上げて、
感謝と愛を感じられる世界にシフトさせてくれたらいいなと思う。
感謝と愛を感じられない私は醜く卑しく憎たらしい。
生きるということはこんなにも辛いものなのだろうか。
私は知っている。
私よりもっと醜く卑屈な事をしていても、
苦しみを感じず、
受け入れ晒して生きている人の事を。
どうして彼らは罪悪感を感じずに生きていられるのだろうか。
どうして私は、
罪悪感にまみれ、
さらなる醜さを引き出そうと必死になるのだろうか。
くたびれた。
身体は飲みたくないお酒に限界を感じている。
タバコもちっとも美味しくない。
ただこの場所に留まれるからそれらを選ぶ。
楽になりたい。
どうしてこうなってしまったのだろう。
原因ときっかけは、
沢山思い当たりそうで、
決定的な理由はわからない。
楽になりたいから。
そんな言葉が浮かんだ。
苦しみながらも、
楽をしていると錯覚しているのだろうか。
苦しいと錯覚しながら、
楽をしているのだろうか。
どっちにしても
すごくくたびれたんだ。
それでもなお、
まだ、
強情なほどに
許さない。
誰が私を握りしめているのだ。
くたびれたよ。