ネズミの身体を一突きにしたサマルトが軽く安堵の溜息を吐きながら、大事な相方を探す。見ればムーンも敵を一掃したようだ。無傷であり、呼吸すら乱れておらず、平然としている。彼女の魔力はサマルトが一番良く知っていた、杞憂だったが、無事を確認し胸を撫で下ろした。
危機は去ったと確信し、まるで身体が宙に浮いてしまうような興奮が身体中を支配する。サマルトは真っ直ぐにアサギに向かうと、有無を言わさず手を取り握り締め、力強く振り回した。
突然の事に驚いた浅葱だが、無邪気なサマルトに思わず笑みを零し、されるがままになっていた。
「お会いできてよかった、オレはサマルト。惑星ハンニバルのシーザー城第一王子・サマルトと申します」
「初めまして、私は田上浅葱といいます。よろしくお願い致します!」
飛び切りの笑顔を向け、浅葱は深々とお辞儀をした。ぺこりん……そんな擬音が似合う。
サマルトは、可愛らしい動物や幼子を見た時のような、胸を締め付けられる愛おしさを感じた。間近で見て、浅葱の美しさに驚嘆もした。一気に、視線も心も奪われたように浮足立ってしまう。王子として過ごしてきた彼であったが、その美しさは今まで見てきた何よりも素晴らしく尊いものに感じた。
浅葱の破顔に、サマルトも釣られて笑う。
姿を見た時は、あまりにも小柄な少女だったので勇者ではないと思った。というよりも、勇者であっては困ると思った。脆弱な娘にしか見えなかったのだから。しかし、勇猛果敢に臆することなく敵へと突撃し、見事な連続攻撃を繰り出していた姿を観て心から謝罪した。力量を目の当たりにすれば、信じざるを得ない。
何より、サマルトが自国より丁重に運んできた“碧き勇者の石”が、浅葱に反応したのだ。
それは“勇者にのみ反応する”とされている伝承の石である。銀細工の腕輪に石が填め込まれている為、一見高価な装飾品にしか見えない。
サマルトが懐からそれを取り出すと、真っ直ぐに石は浅葱を指し示した。腕輪はサマルトの手によって、浅葱の手首へと収まった。その際、極度の緊張状態であったサマルトの手が震える。あまり同年代の異性と接した事はない、そこにいるムーンくらいだった。初めて胸の高鳴りを覚えた相手の華奢な手首に触れた際、火花が散ったかと思った。良い香りまで漂い始めた気がした。意識が、朦朧としてしまう。
まるで、甘い香りに満ちた花畑の中にいるように。
「タガミ……アサギ。では、アサギ、と呼べば良いのでしょうか」
どぎまぎする心をひた隠し、サマルトは努めて紳士的に振る舞った。
「あ、はい、アサギで良いのです」
アサギは再度深々とお辞儀をした。照れ笑いを浮かべているサマルトに首を傾げつつ、一度整理してみようと頭を回転させる。
突然光の中から、サマルトとムーンが現われた、追うような形でネズミが空から降って来た。ムーンが魔法を唱え、サマルトは細身剣で攻撃し、今しがた勝利した。
とくん……アサギの胸が跳ね上がる。今になってようやく“戦った”という実感が湧いて来た。ネズミを素手で攻撃した時は全く気にならなかったのだが、急に足が震え始る。遅れて恐怖心を煽られたからではない、これから起こるであろう出来事への武者震いだった。ようやく、夢物語が叶いそうなのだから。
不意に訪れた異世界からの訪問者はまだ目の前にいる、これは現実だ。
自分は勇者らしい、ということが発覚した。願っていた事だった、勇者になったら、やりたいことがあったのだ。地球上には魔物もいないし、魔法も使えない、友達に夢を話すと笑われ頭を撫でられた。
……ほら、やっぱり! 実在したでしょ、こんな世界。だって、私は。
嬉しそうに呟き、アサギは知らずと口角を上げていた。
「お会いできて光栄でございます、悲願が達成出来、恐悦至極。共に戦ってくださいますね、勇者」
華やいだ声色、おっとりとした口調で柔らかな物腰のムーンが歩み寄って来る。
……なんて、綺麗な人!
アサギは息を飲み込み、照り輝いているように美しいムーンを見つめた。隠し切れない気品は、清楚で気丈な“お姫様”を彷彿とさせている。先程魔法を扱っていた姿からは想像出来ないほど、優美だった。羨望の眼差しで、アサギはムーンを見つめる。
「私の名は、ムーンと申します。サマルトとは幼馴染です、ジャンヌ城の第一王女でした」
真正面に立ったムーンは、優雅に礼儀正しくお辞儀をした。慌ててアサギもお辞儀を返す、粗相があってはいけないと深く腰を折り敬意を示そうとした。
「一先ず、説明いたしましょう。この場所は私達の住んでいた場所と根本的に違う様子ですから、上手く説明が出来るか……不安を感じますが」
ムーンは軽く咳き込むと、口元に手を当てたまま語りだす。神妙な顔でアサギは頷いていた、聞いておかなければいけない事だ。
「私達は惑星ハンニバルから参りました。ご存知ですか? ……その様子ですとご存じないようですね、続けます。数年前突如として“魔王”を名乗る者が出現し、世界の蹂躙を始めました。魔王の名は、ハイ・ラゥ・シュリップ。彼の残虐性の高い愚行によって、世界の基盤である五国の大国は奇しくも敗北致しました。先程、私の祖国であるジャンヌも落城。サマルトの国だけが辛うじて残っている筈……です」
そう、筈だった。
しかし、現在サマルトの国の現状など知る由もない。最悪、同じ様に亡国となっている。
淡々と告げていたムーンの傍らで、唇を噛み締めながら聞いていたサマルトが重々しく口を開く。
「俺達は各々国に同年の幼馴染が居たから、仲間に術く片っ端から捜しに行ったのだけれど……オレ達二人しか……」
惑星ハンニバルの魔王、ハイ・ラゥ・シュリップ。アサギは脳裏に叩き込むべく、復唱する。
「勇者の石はムーンの国に保管されていたので、そこが集合場所となったのです。予言がありまして……『世界が混沌の危機に陥った時、伝説の勇者が石に選ばれ世界に光をもたらす』」
「私とサマルトは、その予言を信じてここまで辿り着きました。大勢の命が失われましたが、共に魔王を倒せば報われると信じています。どうか、勇者アサギ。私達と共に魔王ハイを倒し、世界に平和を」
大体話は理解した、アサギは神妙に頷くと二人の手を勢いよく握り締める。
「私、頑張ります! 先程初めて戦いましたし、魔法も使えないし、切れる剣も持ったことがないけれど、頑張りますっ!」
素直な言葉である、偽り無き真実の言葉だった。アサギは、嘘を吐く事が苦手だ。
だが、その台詞に二人は脳を殴られたような眩暈を覚えた。まさか勇者が戦闘未経験者であろうとは、思わなかった。しかし、先程の戦闘を見た限り素質は十分である。あれで素人ならば、今後が愉しみだと半ば強引に納得した。
そもそも、石が導いたのだから間違いはない筈だと。猜疑心など、ない。
三人はその場で、笑みを零した。若干、サマルトとムーンの笑顔が引き攣っていたようにも見えるが。
何はともあれ、勇者が見つかった安堵に肩の荷を下ろす。素質があり、受け答えがはっきりしている目の前の小さな勇者を多少不安げに見つめた。
……成長するまで全身全霊をかけて護ろう、彼女とならば何でも出来る気がしてきた。
サマルトとムーンは空を仰ぎ、死した仲間達を思い出す。
……勇者に、逢えたよ。
散った魂らに、黙祷を捧げる。勇者に会う為に払った尊い犠牲を無駄にしないように、再度誓う。
同刻。
惑星クレオ、神聖城クリストバルに集結した者達。全く共通点が見つからない、異色の六人が焦燥感に駆られていた。彼らの唯一の共通点は、“勇者を探すこと”。
水晶玉に映っているアサギとサマルトを見つめ、一人が神官に叫んだ。
「早く、早く! 私達の勇者が奪われる前にお願いします!」
そう叫んだ女の手中には、翠色に鈍く光る石が填まった腕輪が二つあった。
言うなり、六人の姿が掻き消える。
更に同刻。
惑星チュザーレ、ボルジア城内。紅石を手にしている頭の回転の速そうな男が一人、魔法陣の中に立っていた。
「急ぎませんと」
それだけ呟くと、瞬間的に姿が掻き消える。