どんなに買い物をしても、やりたいことをしてても、恨んでる怒りを認めても…
虚しさが残る。
全部がハッピーになんてならない。
死ぬことへの不安をいろんな人が説くように、生きてることはそれだけで、孤独や不安との闘いなんだな…
そんなことを感じながら過ごしてた日々で、ふと思った確信がありました。
生きることは、命の孤独と、根源的な不安がずっと着いてくる。
どんな事があっても、死ぬ時がある限り、それは着いてくる。
そこからは誰も逃げられないし、どんな人間もそのつらさからは逃げられない。
どんな事があっても、死ぬ時がある限り、それは着いてくる。
そこからは誰も逃げられないし、どんな人間もそのつらさからは逃げられない。
私は、父のように
孤独や、不安、恐怖を
ごまかして、逃げることの比重の多い人生は選びたくないと思う。
この世に産まれたことをどれだけ楽しむか、
どれだけ素晴らしさを味わい尽くすかなのかと私は今は思う。
その楽しみ、喜び幸せを感じ切るための、
辛いこと、悲しいことであって、
人生そのものが辛いことなのではないのだと思う。
自分という命の孤独と向き合いながら、
この世の素晴らしさを味わい尽くす事が人生なのかなと思う。
世界から猫が消えたならという映画を、
旦那と初めてのデートで見に行きました。
(私はグズグズに泣いてしまい、柔軟剤のいい匂いのタオルを旦那が貸してくれたなぁ)
たまたま今日、その映画を一人で見て
(私はグズグズに泣いてしまい、柔軟剤のいい匂いのタオルを旦那が貸してくれたなぁ)
たまたま今日、その映画を一人で見て
その最後が
赤ちゃんを迎えるシーンであったことに、ビックリ。
なんだか不思議な縁を感じました。
初めてのデートで見た映画が、
今の現状にとてもつながっていたような気がして。
私の行動に周りがどう反応するにしても、
私が一人で居ても、
誰と居ても、
私が居なくなっても、
私の存在の有無で世の中が変わらなかったとしても…
私の中には、
私と居てくれた人の事、
私にしてくれた出来事、
人生の中で、その人の素晴らしさや楽しかった経験はずっと残ってる。
ものや人の形が無くなったとしても、
ものや人の形が無くなったとしても、
私の中にはその想いは残る。
それが何より素晴らしいことで喜びで幸せであるんだと今は深く感じてます。
それが何より素晴らしいことで喜びで幸せであるんだと今は深く感じてます。
お腹の赤ちゃんがこの数ヶ月で教えてくれたこと。
生きるって、命ってなんだろうね…
私なりの今までの経験の中での答えをこの子が出させてくれたこと、
教えてくれたこと
考えさせてくれたこと…
それが、これから生きていくうえの
根源であり、
私の人生の源になることにとても感謝をしています。
今までの想いがあったぶん
私はここに生まれたことを、
味わい尽くす
楽しみ尽くす
幸せを感じ切る。
それをいかに感じ切るための、
知恵であり、
知識であり、
努力であるのかと思う。
それをいかに感じ切るための、
出会いであり
寄り添いであり
共に生きる人がいること
なのであるのかなと思います。
命は不思議で、宇宙も不思議で、怖くなるくらい深くて、計り知れないパワーで。
恐ろしさもあるけれども、自分の命そのものにも、計り知れないパワーがあって。
恐ろしさもあるけれども、自分の命そのものにも、計り知れないパワーがあって。
この頭では、
全てを知り尽くしたり、わかり尽くすことは難しいけれども、
与えられた素晴らしさに
日々感動と
喜びを表現しつくすことが
私に唯一できることなのかなと今は思います。
私と赤ちゃんが繋がれているおへその部分。
とても照れ屋なのか、出し惜しみ(笑)なのか
正面を向いてくれるエコーは一枚もない
