家からチャリをぶっぱなせば意外と10分で着くことに気づいたドラです。
イコール遅刻しかけたわけですが。
さて、算数科教育を受けてんだけど。
意味がサパーリわからない。
つか先生が何いってんのかわからない。
馬鹿な生徒ですまーん。
つか眠いんすよ異常に。
なんだろなぁ、やる気もなかし。
つか楽しい授業をしてくれよ先生。
馬鹿話とかじゃなくていい。
本当に授業のうまい先生は真面目な授業も楽しいんだよ。
そういう意味で俺はこんな先生になりたくない。
まぁ、教職にはつかないんだけと。
前も考えてたし言ったことだけどさ。
教育って難しいし、正解がないじゃん。
一人一人の個性があるし。あ、それは生徒も先生もね。
だから必ず合う、合わないとかあるし、それも一つの教育なんだけどさ。
俺は塾に勤めてるから教育に関しては授業のことをよく見ちゃうんだけど。
やっぱ授業の下手上手さってあるんよ。
授業に必要なのは知識じゃない。あっさり言えば熱意でもない。残酷なことだけど熱意があれば授業ができるってのはテレビが作った嘘だ。
必要なのは技量なんだよ。
能力のない教師はただそれだけで罪だ。
ただ技量だけあってもそれはいい授業じゃない。
幹となる技量があり、それを飾る葉としての熱意だったり、知識だったり。
何が言いたいのかと言うと、技量ていうのは一朝一夕で身に付くものでもないし、ぶっちゃけ先天的な部分もある。
力を磨くためには実践しかないんだよ。
だからボランティアだろうが仕事だろうが、そういうことをした方がいいんじゃない?ってこと。
いろんな子供と関わり、いろんな人と話し、いろんな経験をする。
そうしないと技量てのは身に付かない。
よく教育実習で自分は先生に向いてないつって教職を諦める人が多い。
それはなんの訓練もしないまま、実践を迎えるからだ。
大なり小なり、経験を積んでいればまだどうにかなる。
俺はそう思うんけどね。
経験をするために塾に勤めたとする。
最初の生徒は踏み台になるん?と思うかもしれない。
そう思った時点でだめだ。
勤める以上はその人はプロの講師。
自信もないのはわかるけど、それを見せながらするのは講師じゃない。
俺はそう思うな。
何をかいてんのかわからなくなってきたし。
これが俺の技量のなさを表してるんだけど。
とりあえず授業だけが教育じゃないって言うやつがいたから書いてみた。
確かに授業だけが教育じゃないけど、授業も教育なんだよ。
それをいってるのはただ自分に自信がないだけ、逃げてるだけ。
勘違いすんなよ。あんたは生徒から見たら自分の先生なんだ。
俯くな。胸を張りやがれ。
以上。授業も終わりそうだ~・・・。