☆本シリーズも、なんとか9回目までたどり着きました。何とか来月の最終回までいけそうです。さて、今回は・・・

1.ファーブルの昆虫記、第9巻上・下を読みました。その中の一部、「コガネグモ」のご紹介です。クモの種類によって巣の作り方は異なるとか、その中から「コガネグモ」を例にとれば、子どもの頃に見た、真っ黒いお尻に黄色の横じまが印象的なコガネグモ。

放射線に伸びたタテの糸と、多角形状に渦巻くように張られたヨコの糸、いわゆるクモの巣状です。実は、このヨコ糸は最初、対数らせん状に大きく巻かれ、そこから中心に戻るように次のヨコの糸を張るのだそうです。ファーブル先生は、日がな一日観察していたと思われ、脱帽です。

 さて、このクモの糸は、どのような順序で巣を張るのか、ファーブル先生が教えてくれました。・・・小枝が2本、約60cm離れてあるとする。風の流れにあわせて、クモは片方の小枝の先端から糸を少しずつ出していく。その先端が片方の小枝につく(粘着)ことで外枠の1本が張れる。クモはその糸の真ん中までいくと、自分の重みで糸はたるむ。ここから糸を出しながらさらに下に降りていくと、Y字型の糸は張れる。さらに、・・・。

タテの糸には粘着性はないが、ヨコの糸(らせん状)にはそれがあり、獲物に、からみつかせ捕らえることが出来る。それでも、クモ自身がその粘着性のあるヨコの糸にからまれないのは、何故でしょうか?

⇓通りすがりに見つけたクモの巣(コガネグモとは違うようです?)。獲物が巣にかかると、巣に丸い空間が出来るとのこと。そして、クモはその空間の補修はしないとのこと。巣は満帆です。腹減ってると思うのですが、今日で、4日目、どうなるのでしょうか?
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2.映画のこと。

久し振りに、2本立ての映画を観ました。

・1本目は、昨年の映画になりますが、「さようなら、僕のマンハッタン」
1970年代のニューヨークが舞台。登場人物は、出版会社の経営者の父とその妻、その一人息子の大学生(タイトルの僕、以下”僕”と記す)と恋人、魅力的なフリーの女編集者、そしてアル中の年老いた小説家、以上6名。

ある日、”僕”は、父と女編集者の浮気の場面を偶然目にする。父を軽蔑、批判する一方、いつしか僕は、女編集者を好きになってしまった。父と息子と女編集者との間の三角関係。

一方、その昔のこと。父と母と、そして年老いた小説家に間に三角関係があった。
大人の世界の暗黙の承諾のもと、父と母に育てられ僕は大学生になった。そしてある日、僕は、バーのカウターで小説家から秘密を打ち明けられる。強い酒をあおりながら一杯ごとに、句切るように話は続いた。

小説や映画でしか知らない、いろいろな大人の世界があるようだ。小説や映画は、まるっきり作者の想像の世界でもなさそうで、実際にあった話をベースに作られているのではないかと思うと、人間の生き様は、すごいなぁと思う次第。

この映画の原題の「The only living boy in New York」と同タイトルの、サイモンとガーファンクルの曲が静かにながれ、映画の場面とよくマッチしていた。また、レコード店でのシーンでは、レコードのジャケットを指先で手前に”ぺたぺた”とめくるシーンがあり、懐かしさを感じた。

・2本目の映画は、「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」。アメリカのフロリダにある某D・ワールドからすれば、アウェイな位置にあるモーテルを住居として、ギリギリで暮らす、大人たちと子どもたちの話。小学校に上がる前のチビッコ・ギャング達の目線と、シングル・マザー達の目線でカメラは回って行く。この映画は、単に子どもの気持ちになってみるのではなく、実際に子供の目線で観察してみなさいと訴えているようにも思えた。そして、音楽がまったくない、エンディングロールで、おわる。

10分の休憩を挟んで2本が順番に放映される。封切り映画ではなく昨年の映画が二本立てで上映される。その昔のように、上映開始の合図のブザー音がなり、やがて暗くなる・・・。

3.バイクのこと
・この夏は、エストレア・サイドカーの燃料タンクの洗浄とか、タイヤ交換とかに一生懸命になっていました。そのせいでしょうか、涼しくなって疲れがでました。しばらくバイク整備はお休みすることにします。


                  おわり