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designtestのブログ

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だんだんと自分の生きてきた道の目的が学びを進める中で見えてきました。地球にフィットできない人たちを癒し、フィットさせる才能があるといわれて、2000年にこの仕事を始めました。大変な思いをしてまで生きてきたこと、2人のインディゴを育てた中で、かつて自分がインディゴとして先に経験してきていつもなにかを忘れてしまったような感覚がありました。でもヒーリングをしてエネルギーを流しているときに

「あ、これが正しいわたしの使い方だ!!」

と理解できたのです。今、生きるのが苦痛なインディゴたちの居る場所は、今は辛い場所だけれどわたしはそこから抜け出る方法も癒すことも知っているし、見失った自分を取り戻す方法も知っているのです。

MMS (※1)で学びを深めガイド(※2)、リチュアルマスター3rdステップ(※3)となり、イシス神殿の神官 (※4)を卒業、
ギフトという特別なツールも伝授されています。 (ヘルメティック・レイヒーリング)

(※1):古代の叡智を伝える世界に7つあるミステリースクール。わたしはそこで技術を学びました
(※2):アデプトというプログラムを為すことを許可された階級です
(※3)目に見えないエネルギーや儀式を扱う専門的なクラス。2ndまでは自分で進めますが、3rdは上からの許可でなれ    るものです。 今も技術の研鑽や自分のコンディションを保つため努力を続けています
(※4):リチュアルマスターが行う世界に愛と情熱を生む女神の神殿ワークを取り仕切る役割のカウンセルです

またフルフィルメント瞑想 を実践し、朝晩瞑想をしています。
またワンネスディクシャ(祝福) のブッレッシングギバーとして活動もしています。

浦田ゆきこ物語1:【暗黒の子ども時代】

浦田ゆきこ物語2:【仲間にあこがれた中学高校時代】

浦田ゆきこ物語3:【愛について彷徨った時代】

浦田ゆきこ物語4:【母になる経験】

浦田ゆきこ物語5:【ヒーラーとして活動開始】

浦田ゆきこ物語6:【愛について】

現在わたしには2人の子が居ます。21の息子と18の娘です。離れて住んでいますが、今もとっても仲良しです。
母の日には焼肉おごってくれたりします。娘は困ったことがあるとちゃんと相談をしてきてくれます。
そういう関係を作れたことが本当に嬉しいです。

でも、それも簡単ではありませんでした。自分自身でさえまともに扱えないのに子どもを持つことができるはずないのに・・・
わたしには必要な経験だったのでしょうね。彼らがわたしを育ててくれました。
最初は自分が世間に責められるのが怖くて、子どもに厳しかったし口うるさい子育てをしていました。
理想を押し付けるような・・・マニュアルで頭でっかちな母親。
ちゃんと愛することやケアをすることを自分がされていないのでできないのです。
当然、息子は萎縮した弱虫さんになりました。2人目の子を産んだときに完全母乳で育てたいと思い、マッサージの先生に通いました。その方はマクロビなどをしている人で、わたしもいろいろ学ばせていただきました。母乳を搾ったりしてもらうと空気が入ることや、エネルギーが動くこともわかってきました。


そして娘が単純にかわいくて、愛することが難しいことではないのだと知りました。そこからスピリチュアル世界にも入っていきました。だからもう18年くらいになるのかな。息子がいじめられっこになったことで、年上のボス的なお母さんにいろいろアドバイスをもらって、その中でもどんどん積極的になっていきました。その人にもかわいがられました。
娘の幼稚園のPTAの会長とか、地区のブロック長とか息子のPTAの実行委員会とか、表に出て人の上に立つことも学びました。


あるとき、そのボスのお母さんと仲たがいしました。初めてわたしは息子のために泥をかぶってもいい、息子を守るぞ!と腹をくくりました。初めて自分から愛した瞬間だったのかもしれません。 最初は心から愛しているというより愛しているつもりだった息子。でも彼との関係がそこからどんどん改善しました。

彼が中学のときに友達に理不尽な意地悪をされたときがありました。裏では泣きましたが、彼の前では明るい顔をして「大丈夫!」と彼を苦しめないように笑うことさえできるようになりました。彼を信じてただ見守ること、自分の痛みを彼のために見せないでおくこと、その経験がわたしを強くしてくれました。そして彼は自分自身でそれを乗り越えました。そんな彼も今では立派な俺様になっています(笑)。

時々元ダーの家に遊びにいくとイベリコ豚をソテーしてくれたり、自分で焼いたガトーショコラをご馳走してくれたりします。

そういう経験がわたしの心を育て、わたしはどんどん強くなりました。子育てを通して根気も育ちました。(だってやつら、毎年8月31日に大騒ぎすんですよ(笑) そう、夏休みの宿題です。 判ってるならばやればいいのに何回言ってもやらないんですよね。そして毎回、見捨てずにしょうがないなあーと手伝う母でした)子育てって繰り返しですものね。


何回も言い聞かせる、何回も怒って許して、愛し続ける。諦めないこと、焦らないこと、愛すること、許すこと、引っ張らずに自ら育つのを待つこと、大切な関係を育てることができるようになり、子育てを楽しんでできるようになりました。

いろんなことをしました。うどんを打ったり、餃子を皮から作ったり、夜なのにスコーンを焼いてアフタヌーンティしたり、アルゴリズム体操(NHK番組‘ピタゴラスイッチ’の1コーナー) を一緒に踊ったり。彼らと楽しい思い出をたくさん作りました。スピリチュアルな世界での学びも始めていきました


でも実際の生活、子育てから学ぶことは大きいですね。わたしのヒーラーとしての姿勢はだからお母さん的です。
許すし、待ちますし、諦めないし、見捨てないで育てていきます。

また占星術、タロット、オショー霊気、西洋霊気、ネオ霊気、直伝霊気、祈り、カバラ、アロマ、チャネリング 、ヒーリング、
瞑想、そのほかも学びました。


わたしが自分を癒しうけいれていくと、親や姉妹との関係も周囲との関係も円満なものに変わっていきました。
生まれてきてあんな風に育ったことが全て許せて納得できています。生きることが楽しくなりました。だからみなさんにもそうなってほしいと思っています。


浦田ゆきこ物語1:【暗黒の子ども時代】

浦田ゆきこ物語2:【仲間にあこがれた中学高校時代】

浦田ゆきこ物語3:【愛について彷徨った時代】

浦田ゆきこ物語4:【母になる経験】

浦田ゆきこ物語5:【ヒーラーとして活動開始】

浦田ゆきこ物語6:【愛について】

元ダーはハンサムで背が高くて本当にいい人でした。 誠実に愛してくれました。
でもわたしは愛し方も愛され方も知らない、関係性を大事にする方法も知らない、素直に表現できず、試したり、裏切ったり、浮気したり、許すこともあわせることもできず、待つこともできず、信じることもできず、愛を受け取れず、ただ愛をほしがるばかり。心に安心が無くて、いつも焦って、いつも苦しくて悲しくて、何度も何度も試して苦しめました。


たくさんの人に思われたら救われるのかと、同時進行でつきあったりしても、わたしの心はいつも痛いまま癒されることはありませんでした。愛されたことで、自分の痛みを知ってしまったのです。そして親に向けるべき怒りや攻撃性を彼にぶつけたり、反抗期のように荒れ狂ったり、自殺未遂のようなことをこれ見よがしにしてみたりしました。

彼はわたしを100%愛するという契約を持って、ここに生まれる前から契約をしてきた存在だったので、耐えてくれていました。魂の世界では逆に、わたしが先生で彼は生徒。わたしのここでの生活をサポートする契約でした。


「あなたはきっと大人になったらすごい人になるよ」そう言って励ましてくれました。穏やかに誠実に愛し続けてくれました。
さすがに時に彼も切れたりもしましたが(笑)わたしに愛をもって見守ることを教えてくれた存在です。


本当にすばらしい人です。やっと自分が生きていていいんだって思えたんですから。高校時代にヘルニアが悪化して2回入院をして手術をして高校をだぶりました。 2年を2回やりました。プライドの高い、プライドしかないわたしが教室で後輩に授業中に会釈されるんですよね(笑)ああ、もうこれはなじむしかないって思いました。1年のときはうまく友達ができなかったけど、今度はうまくやろうと思いました。合わせること、折れることもしようと思いました。やっとできた1つ下の友達が今でもマイミクにいます。


この2つの経験がわたしに与えてくれた変化は本当に大きいです。人を好きになることや人を許すことをできるようになりたいと思わせてくれたのですから。高校を卒業して19歳で結婚しました。だって彼がいることでわたしはやっと生きていられる状態だったのですから 。




浦田ゆきこ物語1:【暗黒の子ども時代】

浦田ゆきこ物語2:【仲間にあこがれた中学高校時代】

浦田ゆきこ物語3:【愛について彷徨った時代】

浦田ゆきこ物語4:【母になる経験】

浦田ゆきこ物語5:【ヒーラーとして活動開始】

浦田ゆきこ物語6:【愛について】