現在わたしには2人の子が居ます。21の息子と18の娘です。離れて住んでいますが、今もとっても仲良しです。
母の日には焼肉おごってくれたりします。娘は困ったことがあるとちゃんと相談をしてきてくれます。
そういう関係を作れたことが本当に嬉しいです。
でも、それも簡単ではありませんでした。自分自身でさえまともに扱えないのに子どもを持つことができるはずないのに・・・
わたしには必要な経験だったのでしょうね。彼らがわたしを育ててくれました。
最初は自分が世間に責められるのが怖くて、子どもに厳しかったし口うるさい子育てをしていました。
理想を押し付けるような・・・マニュアルで頭でっかちな母親。
ちゃんと愛することやケアをすることを自分がされていないのでできないのです。
当然、息子は萎縮した弱虫さんになりました。2人目の子を産んだときに完全母乳で育てたいと思い、マッサージの先生に通いました。その方はマクロビなどをしている人で、わたしもいろいろ学ばせていただきました。母乳を搾ったりしてもらうと空気が入ることや、エネルギーが動くこともわかってきました。
そして娘が単純にかわいくて、愛することが難しいことではないのだと知りました。そこからスピリチュアル世界にも入っていきました。だからもう18年くらいになるのかな。息子がいじめられっこになったことで、年上のボス的なお母さんにいろいろアドバイスをもらって、その中でもどんどん積極的になっていきました。その人にもかわいがられました。
娘の幼稚園のPTAの会長とか、地区のブロック長とか息子のPTAの実行委員会とか、表に出て人の上に立つことも学びました。
あるとき、そのボスのお母さんと仲たがいしました。初めてわたしは息子のために泥をかぶってもいい、息子を守るぞ!と腹をくくりました。初めて自分から愛した瞬間だったのかもしれません。 最初は心から愛しているというより愛しているつもりだった息子。でも彼との関係がそこからどんどん改善しました。
彼が中学のときに友達に理不尽な意地悪をされたときがありました。裏では泣きましたが、彼の前では明るい顔をして「大丈夫!」と彼を苦しめないように笑うことさえできるようになりました。彼を信じてただ見守ること、自分の痛みを彼のために見せないでおくこと、その経験がわたしを強くしてくれました。そして彼は自分自身でそれを乗り越えました。そんな彼も今では立派な俺様になっています(笑)。
時々元ダーの家に遊びにいくとイベリコ豚をソテーしてくれたり、自分で焼いたガトーショコラをご馳走してくれたりします。
そういう経験がわたしの心を育て、わたしはどんどん強くなりました。子育てを通して根気も育ちました。(だってやつら、毎年8月31日に大騒ぎすんですよ(笑) そう、夏休みの宿題です。 判ってるならばやればいいのに何回言ってもやらないんですよね。そして毎回、見捨てずにしょうがないなあーと手伝う母でした)子育てって繰り返しですものね。
何回も言い聞かせる、何回も怒って許して、愛し続ける。諦めないこと、焦らないこと、愛すること、許すこと、引っ張らずに自ら育つのを待つこと、大切な関係を育てることができるようになり、子育てを楽しんでできるようになりました。
いろんなことをしました。うどんを打ったり、餃子を皮から作ったり、夜なのにスコーンを焼いてアフタヌーンティしたり、アルゴリズム体操(NHK番組‘ピタゴラスイッチ’の1コーナー) を一緒に踊ったり。彼らと楽しい思い出をたくさん作りました。スピリチュアルな世界での学びも始めていきました
でも実際の生活、子育てから学ぶことは大きいですね。わたしのヒーラーとしての姿勢はだからお母さん的です。
許すし、待ちますし、諦めないし、見捨てないで育てていきます。
また占星術、タロット、オショー霊気、西洋霊気、ネオ霊気、直伝霊気、祈り、カバラ、アロマ、チャネリング 、ヒーリング、
瞑想、そのほかも学びました。
わたしが自分を癒しうけいれていくと、親や姉妹との関係も周囲との関係も円満なものに変わっていきました。
生まれてきてあんな風に育ったことが全て許せて納得できています。生きることが楽しくなりました。だからみなさんにもそうなってほしいと思っています。
浦田ゆきこ物語1:【暗黒の子ども時代】
浦田ゆきこ物語2:【仲間にあこがれた中学高校時代】
浦田ゆきこ物語3:【愛について彷徨った時代】
浦田ゆきこ物語4:【母になる経験】
浦田ゆきこ物語5:【ヒーラーとして活動開始】
浦田ゆきこ物語6:【愛について】