デザインワン・ジャパン 社長ブログ -25ページ目

デザインワン・ジャパン 社長ブログ

ITで地域の活性化を実現していきます。


今回のボランティアで思ったことをいくつか。


1)写真撮影の禁止について


これ本当に難しい問題だと思いますが、

完全禁止にするのはどうかと思った。


ボランティアの役割は、被災地のことを伝えることもあると思う。

そのときに写真がないと、伝えるのは難しい。


一方で、確かにモラルなくあちこちで写真撮影をすると、

一体何しに来たんだとなる。


でも、本当にストイックなボランティアだけだと、

なかなかボランティアを継続することも難しい。


少しは楽しみというか、思い出というか、残したいという気持ちもあるだろう。

被災地以外の人は、震災のことを忘れかけている現実もある。


2)作業について


もっと効率よくできないものかと。


重機でもっと処理してくれればいいのにと。

人間が力仕事する必要性がよくわからなかった。


業者がやればあっという間のように思うが。


でも、なんか理由があるんだろうなあ。

予算が下りてないから?


所詮素人が人力で力作業してもそこまで役に立てない。

ものすごく無力感があった。


一気に重機でやってもらいたいところだ。


でも、少しはきれいになったはず。


3)ボランティアの意味


部屋が片付いていないと、心がすさんでいく。


同じように、街が片付いていないと、心がすさんでいく。


だから、我々の仕事は街をきれいにすることだと思った。


ゴミを拾う。

それが一番役に立てることだと。


街をきれいにする。

きれいになってはじめて、震災の心の傷が癒えはじめるのだろう。

そういう意味では、少しは役に立てたのかと思う。


しかし、がれきの山の処理は進んでいないように見えた。

放射能の問題もあるのだろうか。


がれきの山がなくならないと、街は被災の記憶を引きずる。

早く処理できればと思った。



4)ボランティアへの取り組み


やっぱり被災地をみるとショックだ。

何かできることしないとと思う。


でも所詮素人である。

お金は少しは落とせるかもしれないが、

体はあれでどれだけ役に立ってるのか?と不安に思う。


できることは精いっぱいやろうと。


あと、

とりあえず、自分にできること。

本業の仕事頑張ろう。と思った。


もうじき本格的に被災地にお金が落ちる。

やっぱり政府の力、お金の力は大きい。

急速に復興が進むだろう。


だが、仮設住宅の人はこれからどこに住むのか。

もう津波の被害を受ける可能性のある場所には住めない。


難しい問題が山積みだ。


5)命


がれき撤去も進んできている現状だと、

何千人もが亡くなった場所であることを忘れてしまいそうになる。


しかし、がれき撤去していると、写真が出てきたり、

同じ作業場で骨が出てきて警察が来たり、

3時過ぎで止まった腕時計がでてきたりすると、

ここは人が亡くなった現場なんだと実感する。


ゲームソフトがでてきたりすると、

これで遊んでいた子は無事逃げられたんだろうか?と。


基礎だけのこったこの家に住んでいた家族は、

今どうなっているのだろう?と。


人類全体でみれば、いろんなところで、人が生まれては人が死んでいる。

そういう意味では、命とはそういうものだと割り切ることで、

気持ちに整理をつけようとする。


でも、やはりいたたまれない。


人生先のことはわからない。

でも、今を一所懸命に生きないと、

急に命が途切れた人に失礼な気がした。


今、瞬間、瞬間、

やりたいこと、やろう。

やるべきこと、やろう。


さて、2日目のボランティア。


最初に割り当てられたのは、

段々畑になっているようなところのゴミ拾い。


雨でドロドロでした。


またみんなでゴミを拾っていく。


ちょっと掘れば津波により運ばれてきたゴミがいくらでも出てきます。

きりがないので、目に見える範囲できれいにしていく。


しばらくするとエリア変更となった。


前日に行ったところと、近くのエリアに戻され、

再びがれき系の作業に。


とは言っても前日ほどの重いがれきはない。

ゴミを拾い、どこかから流れされてきた陶器類を拾い、

草を抜いたりして、一か所に分別して集めていく。


昼はみんなでお弁当。


再び作業続行。


そしてボランティア終了の時間を迎えた。


帰りは海の見える絶景露天風呂で汗を流す。


ホテル観洋

http://www.mkanyo.jp/


海を見ながら、津波がきたときの映像を想像してみるが、

現実には想像を超える悲惨な状況だったのであろう。


そして、東京へ出発。


東京駅に着いたのが11:00頃。

やっぱり6時間以上かかってしまいました。


ボランティア行った皆さまお疲れ様でした。


チーム挑戦の皆さんありがとうございます。

毎回貴重な体験に感謝です。

http://go-samurai.jugem.jp/

http://ameblo.jp/everybodygo/


続く

大変遅くなってしまいましたが、

被災地 南三陸町へボランティア行ってきました。

金曜日の午後に仕事を切り上げ、当社の有志6人で参加することに。


新幹線だと高くなるので、東京からレンタカーで出発です。

ボランティア団体としての手続きをすると高速代は無料になるそうで、

通常往復2万円近くかかるので助かりました。


車で走ること6時間。仙台到着。


前日に仙台へ入って、カプセルホテル宿泊。

あまりカプセルホテルへ宿泊することはないので、逆にテンションあがります。


と、寝る前に牛タンを食す。

大義名分としては、東北にお金を落とすこと。

利休さんで、極み牛タン定食をいただきました。

ぷりぷりで、うまい牛タンでございます。



デザインワン・ジャパン 社長ブログ-利休 牛タン


ボランティア前日にしっかり栄養つけました。



さて、次の日。仙台を朝5:00出発。



そして南三陸町へ到着。


いろんなところにがれきの山、ゴミの山、タイヤの山。


ビルの上に車が載ってます。




デザインワン・ジャパン 社長ブログ-ビルの上の車



もう半年以上経つのに、まだまだ。



ボランティアセンターで集合し、

様々な場所へ振り分けられました。


さてここからボランティア。


50人~100人ぐらいのチームで決められた区画をがれき撤去していきます。


重機はすでに入ったあと?で、大きなものは撤去されています。


あとは手作業で、がれきや、木片や、ゴミや、様々なものをきれいにしていきます。


写真が出たらわかる範囲で持ち主へ戻るようです。


あと遺骨が出ることもあるらしく、

人が亡くなった場所であることを改めて実感。


がれき撤去作業が進む。

家が流され、基礎の部分だけが残っている状態から、

ゴミを掘り起こしてきれいにしていく。


さすがに100人で作業すると、かなりの勢いできれいになっていく。

共同作業というのは偉大だ。


そんな感じで1日目のボランティアが終了。


夜は南三陸町の営業再開したばかりの旅館に宿泊。


旅館へ向かう道路はあちこちで寸断されていた。

主要でない道路の復旧には時間がかかりそうだ。


旅館の宴会では、被災者の話を聞く場がもうけられていた。

旅館の従業員の方の、被災したときの気持ち、それ以降の不便な生活、

亡くなった親戚のこと。


ショックである。

人生がある時点を境に、全く変わってしまう。

夢であってほしいと何度考えられたことだろう。



さて、そのあとはなぜか大宴会へ突入。

飲んで、笑って、疲れをいやした。


さて、一方で営業部は石巻へ取材。

ラポールヘアというお店へ。

http://ameblo.jp/wataruhayase/


疲労しきった体でお疲れ様です。

無事帰ってきてよかった。


続く