日本復興について その1~日本再生の最終機会~
東日本大震災からの復興ビジョンを提言する政府の復興構想会議の初会合で、五百旗頭議長が復興財源を確保するために震災復興税の創設を提唱したという。増税の話から始まったことについて非難の声もあがっているという。
ここでその是非を議論するつもりはないが、東日本大震災は千年に一度の国難とも言われることから、中長期的な視点から、日本の復興について考えてみたい。
東日本震災以前からすでに長く日本は危機的状況にあった。そしてその危機は千年単位でとらえなければならないものであり、日本の歴史始まって以来の国難というべきものだ。
その本質的な原因は人口減少による少子高齢化にある。1990年代後半から日本の生産年齢人口は減少し、それに合わせてたとえば主力の自動車などにおける国内消費は長く停滞、減少を続けてきた。一方高齢化による社会保障関係費の増加により国家財政は悪化の一途をたどっててきた。私も微力ながら講演活動などを通じて日本の危機についての啓蒙と対策をテーマに長年にわたり仕事をしてきた。
デフレの原因を説明したベストセラー以前から日本の官庁や経済人は長年にわたりこの日本の歴史的危機に対して警鐘を鳴らし続けてきた。
たとえば、横山禎徳氏は2003年の時点で、「『豊かなる衰退』と日本の戦略」(ダイヤモンド社)の中で、日本の衰退について「最大の理由は人口減少」であるとし、日本の過去の経済成長を子供が大人になるまでに体が大きくなることに例え、一方大人になると体はそれ以上大きくならず身体の老化していくことを日本の衰退に例えている。
中国に抜かれたGDPについて、民主党が今更ながら、それに代わる尺度を模索している。GDPに代わるGDHなどの国民の幸福をはかる新しい尺度の必要性については、たとえば木内孝氏は10年以上前から説いてきており、経済成長に基づく成長戦略からの転換の必要性が訴えられ始めて久しい。
ちなみに先の横山氏は次のように説いている。「実は、『失われた10年』という表現は、正しくない。本来、日本が一人当たりGDPでヨーロッパ諸国を抜き、発展途上国でなくなった1970年代初頭、あるいは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた1980年代初頭に国の政策のギアチェンジをすべきだった。」
70年代初頭に先進国の仲間入りを果たした後、日本はジャパンアズナンバーワンとなり、そして80年代後半には米国などで企業買収を行うなどし、アグリージャパニーズと呼ばれた。それを受けてジャパンバッシング(日本たたき)が起こった。バブル崩壊後の失われた10年、そして20年の間に、ジャパンバッシングはジャパンパッシング(PASSING)に変わり、日本は国際社会における存在感、地位、力を失いつつあった。
リーマンショック後の回復も他国に比べて鈍く、また日本が最も強かった半導体、液晶、太陽光発電、LEDなどの先端技術製品の世界市場においても、韓国や欧州メーカーに世界シェアを大きく奪われるようになってしまった。また震災前は今年の卒業生の就職率の低さが日本経済にさらに暗い影を落としていた。
さらに原発事故を受けた風評被害によって、高品質と高い信頼を世界に誇る「MADE IN JAPAN」がその価値を損なわれようとしている。
東北各地にある世界の製造業にとって重要な製造拠点や関連の部品産業等は、震災復興対応が遅れたり、誤ったりすれば、崩壊し、また国外に奪われてしまうであろう。
この震災を機に日はさらに沈んでいくのだろうか?
震災後の未来に日がまた昇るときが来るのだろうか?
一方で逆に、今、東北を中心に東日本全域の被災者が示している日本の美徳、日本精神により、突如として日本文化への評価が高まっている。そして世界が大切な価値観を再認識し、また国境を越えたつながりが生まれようとしている。
私は、今、この東日本大震災からの復興過程こそが、この日本という国の過去から未来への数千年の歴史における最も重要な分岐点となると考えるのです。
すなわち、これが、日本再生の最後の機会となると思うのです。
今こそ、国家百年の計ではなく、最低でも国家千年の計の視点に立ち、この日本再生の最終機会に、日本をデザインしなおすこと、そしてそのために行動することが必要であると考えるのです。