前回の記事から約1年半。

備忘録とはいえ放置すぎますね。

最近バレエについていろいろと思うところが増えてきたので、そろそろこのブログを動かしてみようかな…と考えてはいるのですが、どうなることやら。

 

さて、表題の件。

バレエと音楽なんて切っても切り離せない関係で、何か難しいことを語るような雰囲気ですが、そういった話ではございません。

 

昨今バレエのレッスン曲は、様々なジャンルから取り入れられるようになりました。

私が最初におお!と思ったのはビリー・ジョエルの「ピアノマン」でバーレッスンをした時でしたね。

その日はどうやら先生がロックをアレンジしたバレエレッスンCDを使ったようで、他にもクイーンやらビートルズやら出てくる出てくる。

「ピアノマン」はああいう曲なので、そっかーバレエに合うかもねーと思いながらレッスンしていたのですが、クイーンとか…いやいや。頭の中で歌っちゃうよ。

 

この「頭の中で歌っちゃうよ」が曲者で、よく知っている曲が流れてくると、微妙にレッスンに集中できないことがあります。

これはやめて…!と切実に感じたのが、松田聖子さんの「瑠璃色の地球」。

流れてきたときにはびっくりして、えええこんな曲までバレエレッスンに!と思い、いざやってみると…集中できない無理無理。

頭の中がカラオケ状態で、つい歌詞を追いかけてしまう…。

 

あと西城秀樹さんの「ヤングマン」もダメですねー。バレエよりも、ついヒデキのフリが出てきちゃいませんか?

…そんなの私だけか。ヒデキファンなので。

小っちゃい頃、バレエ教室の皆で休み時間に「ヤングマン」踊ってた記憶が蘇ってしまいます。

もしピンクレディーなんか出て来たら、絶対レッスン無理だな…!

 

アラフィフあるある…なんでしょうか?

いや、きっと私だけですね。修業が足りません。

しかしすごい世の中になりましたね。チビの頃は「ヤングマン」でバーレッスンする時代が来るとは、予想も出来なかった。

平成生まれのお若い先生方は勿論何も気にしないで音楽を使っていらっしゃるのでしょうが、受講している大人バレエの生徒は、頭の片隅でこんなことを考えていたりするのですよ、実は。

 

今は、こういうのもレッスンの楽しみになっています。

次は何が出てくるかな?と。

自分が好きな音楽でレッスンするのは、気分が上がりますよね。

 

以前習っていた教室で、先生がなぜかマイナーコードの曲ばかり使うので、レッスン中にどんどん気分がダウンしてしまったことがありました。なんであんな暗い曲ばかり使ってたんだろう?

最初から最後までそんな曲でレッスンだった時には、勘弁してくれ…と心底くたびれてしまい。もうここに来るのやめようかなとさえ思いました。

半ばストレス発散にレッスンしに行くのに、わざわざ暗い気分になりたくないですよね。

 

この「明るい・暗い」については考えるところがあるので、またいつか。そのうち。

 

ふとこんなことを書いてみようかと思ったのは、今聞いていたラジオ番組がなぜか80年代ロックを立て続けに流していたので、そういえば、と思い出したからだったのでした。

 

次のレッスンは、どんな曲が流れてくるかな?

 

 

このブログはバレエについての全く個人的な備忘録なので、何か強く言いたいことがある時のみにしか使っていないのですが。

まさかこんなタイトルの記事をこんなに早く書くことになろうとは、思ってもみませんでした。

昨日まで仕事が忙しかったので、今朝起きてTwitterを開いた瞬間に目に飛び込んできたこのニュース。
しばらく放心状態でした。

 

日本では共同通信配信のニュースしか出ていないようですが、本国フランスではさすが多々ニュースが配信されていますね。フランス語ほとんどわからないので、なかなか読めませんが。

さて、長くなりますが、昔話を語りましょうか。

 

私が彼のバレエを初めて観たのは、1985年の世界バレエフェスティバルがテレビで放送された時のことです。この動画はYouTubeにも上がっていますが、とても楽しいコミカルなバレエでした。

 

その翌年にグループ公演がありましたがこれは観に行けず、生の舞台を初めて観たのは、1988年の世界バレエフェスティバルでした。

この時通常のAプロ・Bプロの他にソリストたちが幕変わりで登場する「白鳥の湖」がありまして。第3幕、オデットがシルヴィ・ギエム、ジークフリードがマニュエル・ルグリ、ロットバルトガシリル・アタナソフ、道化がパトリック・デュポンという、当時のパリ・オペラ座がそのまま引っ越してきたかのような場面がありました。ばんばん舞台を跳ね回り、主役ふたりを差し置いて目立っていたような道化役でしたね。AプロBプロも観ているはずなのですが、これが一番印象に残っています。
 

当時は1年に1度くらいは必ず来日して踊っていたのではないでしょうか。この後も<PARIS-TOKYO>というコラボレーション公演や、世界バレエフェスティバル、パリ・オペラ座の来日公演と続々と舞台がありました。

今考えると、これだけは本当にバブルの恩恵でしたね。当時はヨーロッパまで行かなくても、東京で、学生のアルバイト代でもチケット代を賄えて、豪華な舞台を観ることができました。今の時代に照らし合わせると、経済に余裕があると文化が栄えるというのは真理だと思わざるを得ません。

この当時私もバレエを習い始めまして、その教室で知り合った友人がパトリック・デュポンのファンで、いろいろと情報交換をし合ったものでした。何せネットなど無い時代、現地の友人や口コミに頼るしかない頃。「ダンスマガジン」はもう発行されていましたが、それでもひと月遅れ。たまに手に入れることのできた「週刊オン・ステージ新聞」が一番情報が早かった時代です。

すでに社会人だった友人は当時何度もパリに飛びオペラ座で舞台を観ていまして、私はその話をよく聞かせてもらっていました。

 

こうした時代でしたが、私が観た彼の最高の舞台は、1991年の世界バレエフェスティバル、Bプロの「ドン・キホーテ」でした。


今でも発売されている世界バレエフェスティバルの写真集に記載がありますが、1988年のフェスティバルを開催したNHKホールは床が固くデュポンを含めて脚を痛めたダンサーが多かったそうで。
1991年のフェスティバルにはスポンサーが付き、開催地の東京文化会館の舞台を改装して、海外のように傾斜が付いて脚に負担の掛からない舞台を仕上げたのだそうです。

「ドン・キホーテ」はBプロのトリ、当時売り出し中だったマリ=クロード・ピエトラガラとの共演でした。
確かこの時のプログラムは、トリがこのふたりの「ドン・キホーテ」、その前がローラン・イレールとエヴァ・エフドキモワの「眠れる森の美女」で、クラシック・バレエを最高峰を堪能できた、今でも忘れられない至福の時間でした。

 

とにかく超絶技巧を持つふたりのダンサーの共演でした。

遠慮が無いので、飛びまくり回りまくりやりたい放題(笑)。ジュテの高さといったら空を飛ぶよう。この時初めて漫画「SWAN」でセルゲイエフ先生が言っていた「バロン」の意味を実際に理解しました(笑)。それぐらい高さと滞空時間がすごかった!ピエトラガラも負けていません、デュポンが飛べば彼女も飛ぶ、彼女が驚異のバランスを見せればデュポンもやはり驚異のバランスを見せる。

そんなふたりの切磋琢磨の舞台です。普段は大人しいと言われる日本人の観客も、最後にはブラボーとスタンディングオベーション、まさに「お祭り」にふさわしい、素晴らしい舞台でした。

その後パリ・オペラ座の芸術監督に就任した彼は、様々な出来事に巻き込まれていきます。事故に遭ったりもし、自伝によると不遇な時代も長く続いたようですね。

しかしパートナーを得て自分の教室開き、各国の留学生なども学んでいてようやく平穏な生活になってきた…と何年か前に「ダンスマガジン」でインタビューを受けていたのを読みほっとしていたのですが、そのような中での訃報の知らせでした。
 

正直、当時も彼のようなダンサーは引退したらどうするのだろう?と思うことがありました。

個人に対するいろいろなファクターがあるにせよ、ダンサーのセカンドキャリアということを、彼の事例で考えさせられたと思います。

この時代の後、私もバレエ鑑賞から多少離れることになり現在に至っていますが、それはやはり、パトリック・デュポンのようなダンサーが見つからないから、ということに尽きます。それほど彼は、唯一無二の存在だということを、今でも感じています。

 

もう少し長く生きていて、70歳ぐらいになったら当時の回想録を書いてもらいたかった。読みたかった。

先程の「ドン・キ」もものすごい解像度の映像がYouTubeに上がってるんですよね…どこから流出してるんだろう…?

上映会もやったから映像がたっぷり残っていると思うので、そろそろ解放してくれませんかね、NBSさん…(小声)。

 

来日した時は、舞台後できっと疲れていたと思うのに、気さくにお話をしてくれたり即席のサイン会を開いてくれたり、とても優しい人でした。いつも明るく笑って、ファンを楽しませてくれていました。

映像にもありますが、来日時にはパチンコなども楽しんでいたようですね。お茶目なパリジャン。そんな印象でした。

 

パリ・オペラ座のエトワール。

とうとう本物の星になってしまったな、と思うことにしましょう。

お疲れ様でした。ありがとう。

 

前回のブログの日付が去年の夏ですね。

プライベートでいろいろあって、なかなかバレエを観に行くことができませんでした。

あ、4月に東京バレエ団のイベントに、友人に連れて行ってもらいましたが(「セレナーデ」が素敵だった~!)。

今日はそれ以来の東京文化会館、Kバレエカンパニーの「ドン・キホーテ」です。

 

マチネ公演ということもあるのか、「ドン・キホーテ」という演目があるのか、お客さんの男女割合が3:7くらいでちょっと驚きました。

「ドン・キホーテ」は喜劇的な明るいバレエだし、見どころは多いし、1幕が短いので、バレエ初心者の男性の方でも観やすいということがあるのかもしれませんね。

Kバレエの「ドン・キ」は構成も非常にわかりやすくできていますし。

先日熊川氏の「ドン・キ」をTVで観たばかりだったのと、夏の世界バレエフェスティバルの特別公演の「ドン・キ」をやはりTVで観ていたので、なんだか最近こればっかり観てるな~、と自分では思った次第。

けれど生で「ドン・キ」全幕を観るのは、なんと○○年振り(恐ろしくて数えられない)だったのに席に座ってから気が付き、自分でも驚きました。確か前はパリオペでしたよ(調べたらわかっちゃいそうですね)。

 

ま、それはともかく。

ひとりだし予定がわからなかったので、けっこうギリギリにチケットを取り、悩んだ末に上の階の正面1列目にしたのですが、東京文化会館はサイドの席が若干観づらいので、これで正解でした。幕物はやはり、観切れがあると寂しいので。

前回と同じく、やはり若いキャストが多い回だったので、躍動感が素敵でした。杉野さんと毛利さん、なかなか良いカップルでしたね。杉野さんの弾け感のある踊り、毛利さんのコケティッシュな魅力のある踊り、上手くマッチしていたように思います。

3幕のグラン・パ・ド・ドゥは、これまでずっと踊ってきたのが信じられないくらいの、技巧の妙を観せてくれまして、若いっていいなー、とフレッシュな魅力満載でした。そうそう、個人的に感じたんだけど、杉野さんパートナーシップ上手いよね。女性が魅力的に見える組み方してる。

 

このふたりの他に印象に残ったのは、なんといってもガマーシュの石橋さん…最後になんだか気の毒で可哀想、良い人じゃん!で終わるガマーシュって凄くないですか?(笑)いやそりゃ、あんな人がすぐ横にいたらイヤですけど(笑)。

花売り娘の佐伯さん、かな?非常に印象に残りました。

とても素敵な舞台を観せてもらいました。

 

とまあ、非常に楽しんだ土曜の午後だったのですが。今日は他にもちょいと面白いことがありまして。

 

隣の席に、小学生低学年くらいの男の子が座ってたんですね。そのまた隣の席が空いていたので、お母さんと一緒に観に来たのかな?と思ってたんだけど、保護者がいない。

もしかしてひとりで来たのかしら…?と不思議に思ってると、舞台が始まっちゃいまして。

そしたら、彼オペラグラスを構えて真剣に舞台は観てるわ、指でカウント取ってるわ。

もう決して短くない人生ずっと趣味でバレエに関わってるけど、そんな光景を見たのは初めてで、驚愕ですよ。

舞台を観つつも、ちらちら動いてる隣の彼が気になってしょうがない(笑)。普通横で動かれたらイラっとくるんだろうけど、私の視界は遮られなかったし、後ろも1列席が空いていたので、あまり激しく動かない限りは放っておこうと思いまして。

さすがに2幕は飽きたようで(まあ無理もない、実は私も寝たことがある)足でリズム取ってたので注意したけれど、それをきっかけにちょっと話しかけてみたら、やっぱりスクール生だそうで。

いやそれにしてもですね…なんか彼、「ドン・キホーテ」全3幕の音楽が、全部入ってるようなんですけれど!3幕に入ってアントレ流れた瞬間に、リュック握りしめて、今度こそ真剣に身動きせず観てるんですけど!

私だって「ドン・キ」の音楽全部入ってるかどうか…小学校低学年でコレ?どういう教育してるんだ、Kバレエスクール。空恐ろしい…!

終わったらさっと出ていった彼の姿を見送りながら、頑張れ少年、とその背中にそっとエールを送らせてもらいました。

小学校低学年ていったら、まだまだ半分お遊びのバレエといっても過言ではない時期(でも「ドン・キ」の音楽入ってるのか…)。

彼がこれからバレエを続けていくとしたら、遥かに長く険しい道が待っている。

Kは男性舞踊手が豊富で学びやすくはあるんだろうけど、それでも小学生からこんなにバレエを真剣に観てる男子小学生の日本人なんて、希少だし貴重だよ…!本当に頑張れ少年。

今日一番の驚きでした。15年後くらいに、今日観たような舞台で、踊ることができてたらいいね。