安倍元首相が撃たれた。

  犯人は元自衛官とはいえ、在職3年程度のほぼ素人。

  警護・警備は、元首相を守れなかったがすぐに犯人を取り押さえた。


  まず、犯人は元自衛官ではあるものの、拳銃を扱うポストではなく、使用した銃は手製のものだった。

  銃は、そもそもその銃固有の諸元を把握し、弾丸の飛翔特性を理解しているか、あるいは、撃ち馴れてその銃の個性を身体に染み付かせていなければまともに当てることは出来ない。

  自衛官としての経験は殆ど関係なく、おそらく個人的に自作銃での訓練を相当していたのだろう。

  つまり、誰でも銃を作り、訓練をして、この犯人の様に凶行に及ぶことが出来るということ。


  次に、警護できなかったのは、ある意味当たり前だと思う。

  「後ろから不審者が近づいてきた時点で取り押さえれば良かった」という意見があるが、「じゃあ、やってみろ」と言いたい。

  周囲を見渡し、その中から不審者を見つけ出し、不審者に接近して、凶行に及ぶ兆候を確認できた時点で取り押さえる。もちろん、不審者の服装や所持品等が予め知らされている訳ではない(特に、今回はローンウルフなので)。また、目の前に100人、右に30人、左に20人、後ろに2~3人の群衆や歩行者がいたら、合理的には目の前の100人、次に右の30人という風に、確認すべき対象が多いところから順に注意を向け、少ない所は優先度を下げるべきである。更に、確認すべき範囲や想定される危険行動は、日本ではせいぜいナイフや素手で駆け込んでくる程度の射程とタイムラインが前提となる。

  今回は、人通りの少ない背後から、飛び道具を使っている。それこそ、危害予告でも出ていて警備が強化(演説エリアへの立ち入り時の所持品検査や検問等)されていなければ防ぐことは出来なかっただろう。


  民主主義の限界を露呈したとか、民主主義の破壊とは、まさにその通りだ。

  いざというときには、実力行使という選択肢が一定の効果を発揮することが示されてしまった。今までは、なんとなく「警察がいるから」、「法律で禁止されてるから」というストッパーがかかっていた所、「その後の人生を考慮しない」という条件さえ飲めれば、相応の選択肢が存在することが明確に示された。