9週間にいっぺんの検診。

3年前、急性心不全で倒れた。危機一髪であわやの状態だった。「まさか自分が」とおもったが「急性心不全」との診断。出産以来の入院。生死のはざまをさまよいながらも会社も家庭も全てが中断の現実に想像もつかない時間の流れが始まってしまい、そちらの方が心配でいかに「私は貧乏性に生まれているのか」とつくづく思った。

それ以来の検診。あれから今日まで「子宮筋腫」の手術や糖尿病の予備軍やさまざまな病状。老いて行くのも現実だけれども努力次第では全てが悪い方に考える必要はなく知恵を張り巡らし「生きる」を楽しむようにしたいと思う。

まず、運動・歩くこと、が第一歩かな。がんばろう。日常では「らしさ」を基盤に自分磨きに進みたい。経営は趣味として動けるようにストレスを背負わないように努力のみ・・・・。

昭和26年兎歳の仲間がまた増えた。彼女は福島県郡山市で会社を経営している。業種が違うところで何か新たな事が生まれるようです。楽しみがまたふえた。人は無限大の一期一会の醍醐味がある。楽しみです。紹介して下さった松尾さんに感謝です。
昭和46年頃、私は飯田橋の企画・デザイン・制作を主に中心としたとある会社で営業兼事務などの仕事につき、人生の修行をしておりました。20歳という若さでもあり何を目の前にきても楽しい事ばかりでしたが病弱な社長をささえる位置にいた私は金策・新規顧客確保に夢中になって飛び回っていた時期に大変お世話になった「Kさん」という方ですがふっと思い出し携帯を鳴らしてみました。昔懐かしい声が返ってきました。偶然か本日時間があるという事で弊社におこしいただき久々の再会となりました。
彼は大手新聞社のエリートで素晴らしい活躍をして現在はお孫さんも出来、優々自適の日々という事です。
ただKさんいわく「老いても働くは必要」との事。我が社の良きアドバイザーと言う事でお願いしました。
 Kさん良い事を伝授していただきました。「三代城」と言う言葉。城の中に三代が住み着く事で家系が栄えるという教え。両親が住み自分達夫婦が住みそして孫、家族が増える事による安定性。共存共栄がそこには自然にうまれ共に栄えると言う事。人の持つパワーがそこには集結し規則が生まれそこから学ぶ大切な教えなのかも知れない。
新年を迎え、まもなく半月。
世の中は行政、企業が不況の闇に包まれ「不安、不安」の状況の中、我社も最悪最低の道が続いている状況は同じです。
しかし、新年になり新聞にふと目をやると俳優の仲代達矢氏が「頑張れ日本」と熱きメッセージが掲載されていた。内容は「この世に太陽が昇る限り、何も怖がる事は無い!」と。戦前戦後何も無い時代を経験した人は強くたくましい。そして頼もしい。ピンチをチャンスに変える時が今かもしれない。
我社も「変革」を真剣に…。知恵を人脈をフル稼働させ稼働開始。 今日は宇都宮へ営業。助手席で楽チン「幸せ気分でした。」本日の出会いに感謝。