昭和プロレス懐古技その16
武藤敬司のムーンサルトプレス

懐古技16回目はいよいよ明日2月12日、58歳にしてチャンピオン潮崎の持つGHCヘビーベルトに挑戦する私が世界で一番リスペクトするスーパースター、プロレスラブこと武藤敬司が32年間愛用し続けたムーンサルトプレスを語ります。

古くはジョージ高野が初披露、テレビでは初代タイガーマスクが初公開されているこの技、もともとは『ラウンディングボディプレス』と名付けられていました。

84年11月のデビュー当時より真後ろにバク転する飛び方を決めていた武藤、85年のヤングライオン杯ではフィニッシュとして決まる事も増えて来ましたがほぼムーンサルトが武藤の技として認知され出したのは86年10月のスペースローンウルフとしての凱旋帰国してからだと言えます。

この頃は先輩の藤波や外国人レスラー、また高田らUWF勢に対してはプロレススタイルの違いを見せつけるべくムーンサルト出しまくっていました。そしてこの頃の飛び方は割と高くジャンプし半月に弧を描くように決めていました。

このムーンサルト、88年〜89年間アメリカマットでムタでのブレイクを果たし90年春に再凱旋帰国を果たした時には飛び方が大きく変わります。相手をほぼリング中央に寝かせコーナーから脚力を生かして真後ろに低くリングとほぼ水平にジャンプ、真上から落ちると言うよりは斜め上からすり潰すようにプレスする。これがとんでもない破壊力となります。

同時期にムーンサルトを使い出した小橋の青春の握り拳からの〜はホントに真上に飛びプレスする形(スペースローンウルフの武藤の形)でこれも威力はスゴいですが改良した武藤の飛び方とは明らかな違いでした。(結果小橋も膝を壊した)

飛び方が美しいのはもちろんですが武藤は脚力、ジャンプ力が素晴らしくあの飛距離は武藤にしか飛べない凄さでした。
特筆したい飛距離のスゴかったのは90年5月、東京ベイNKホールで長州に決めた一発。あと98年1.4東京ドームのIWGP戦で健介に決めたサルト、99年5月福岡での天龍戦で決めた一発は天龍のボディに膝が入った凄まじいモノでした。

ムーンサルトを繰り出したレスラーは小橋やベイダー、天山や金本、ハヤブサ等それ以降にも数々使い手いますがあの脚力で真後ろに飛びズバッとカミソリのように決めるムーンサルトは天才・武藤にしか出来ない神業だと思います。

私的にフィニッシュとしてカッコよく決まって好きなのは95年8月、G1決勝で橋本に決めた2連発。ムタとしては92年12月の大阪で馳に決めた血みどろムーンサルトもカッコ良かった。

今では長期使い続けた膝のダメージにより封印したムーンサルトですが永久保存したい必殺技だと思います!明日のGHCタイトルも奪取してバク進して欲しい!
『武藤敬司はますますバク進します!』