昭和プロレス懐古技12
前田日明の大車輪キック
今回はこの技を語ってみたいと思います。
世界の格闘王、前田と言えばやっぱりキャプチュード、各種蹴り、グラウンドからのサブミッションなどがありますが特に新日若手時代〜旧UWFから新日参戦時に絶対的な主武器として多用していた技が空手の経験を生かして編み出したフライングニールキックです。
このニールキック、著書『パワーオブドリーム』の中で空手出身の前田が師匠の田中正悟氏と考案、完成させた技とされており相手をロープに飛ばし返ってきたところを自らも走り込んで身体を捻り後ろ回し蹴りを胸板や顔面目掛けて見舞うという、192センチで体重100キロを超える前田がやったらそりゃ効くだろうと対戦相手に嫌がられる危険な技でした。
実際、素顔時代の平田淳二なんかはアゴに食らって下唇が肉ごとちぎれたなんてエピソードもあるくらいですから。
でそのニールキックですがヨーロッパから凱旋帰国して新日本の若手として売り出されて来た時には前田の主武器として長州やホーガンなどにバシバシと決めて技も前田自身も頭角を表し出します。83年頃高松の試合で猪木とのシングル戦でもニールキックをズバッと決めてます。
しか〜し、その後運命の糸に巻き込まれた前田は新日本退団〜UWF旗揚げ、そして新日本再復帰と目まぐるしいレスラー人生を送る中で新日本再復帰に向け新必殺技を考案します。それがタテ回転のニールキック、いわゆる『大車輪キック』です。
この大車輪、従来の横回転のニールキックのようにカウンターで来た相手の胸板を狙うのではなくコーナーに詰め逃げ場を無くした相手に今で言う浴びせ蹴りのように縦に廻し蹴りをブチ込むという危険極まりない蹴りです。192センチ,115キロの前田が。
当時の記憶では週間ファイト誌上で前田日明、対アントニオ猪木用の新必殺技、大車輪キック完成、猪木のアゴ、鎖骨を折る!なんて物騒な見出しと共に技の危なさが記事になってたくらいで。
結局アントンは前田との直接対戦を避け前田と良く当てられていたのは木村健悟、越中、そして藤波。しょっちゅう大車輪キック喰らってました。
特に凄かったのが86年大阪城ホールでの藤波戦(IWGPのリーグ戦)で試合終盤コーナー際の藤波にズバッと大車輪キックを見舞いこめかみに命中、藤波の顔から血が噴き出し大流血の惨事となった試合もありました。
その後も前田に猪木との対戦の機会は与えられず当てられるのは相変わらず越中、武藤、マシンとかで。でも越中とか武藤も段々打たれ強くなって来たのかノーガードで大車輪キックを首や顔面に受けても直ぐに立ち上がるようになってきたのも今考えたら凄いなあって。
長州襲撃事件から新日本退団、新生UWFからリングスになる頃にはすっかり使用しなくなった大車輪キック、フライングニールキック。新日本では橋本、浴びせ蹴りとして使用した山田〜ライガー。全日本では川田。蹴りを主武器とするレスラーが受け継いでいった大車輪キック。
初代タイガーマスクのローリングソバットとはまた違った空手上がりの荒々しい頃の身体のデカい前田にピッタリの蹴り、大車輪キックでした!
『誰か一番強いか決まるまでやればいいんだよ!』
前田日明の大車輪キック
今回はこの技を語ってみたいと思います。
世界の格闘王、前田と言えばやっぱりキャプチュード、各種蹴り、グラウンドからのサブミッションなどがありますが特に新日若手時代〜旧UWFから新日参戦時に絶対的な主武器として多用していた技が空手の経験を生かして編み出したフライングニールキックです。
このニールキック、著書『パワーオブドリーム』の中で空手出身の前田が師匠の田中正悟氏と考案、完成させた技とされており相手をロープに飛ばし返ってきたところを自らも走り込んで身体を捻り後ろ回し蹴りを胸板や顔面目掛けて見舞うという、192センチで体重100キロを超える前田がやったらそりゃ効くだろうと対戦相手に嫌がられる危険な技でした。
実際、素顔時代の平田淳二なんかはアゴに食らって下唇が肉ごとちぎれたなんてエピソードもあるくらいですから。
でそのニールキックですがヨーロッパから凱旋帰国して新日本の若手として売り出されて来た時には前田の主武器として長州やホーガンなどにバシバシと決めて技も前田自身も頭角を表し出します。83年頃高松の試合で猪木とのシングル戦でもニールキックをズバッと決めてます。
しか〜し、その後運命の糸に巻き込まれた前田は新日本退団〜UWF旗揚げ、そして新日本再復帰と目まぐるしいレスラー人生を送る中で新日本再復帰に向け新必殺技を考案します。それがタテ回転のニールキック、いわゆる『大車輪キック』です。
この大車輪、従来の横回転のニールキックのようにカウンターで来た相手の胸板を狙うのではなくコーナーに詰め逃げ場を無くした相手に今で言う浴びせ蹴りのように縦に廻し蹴りをブチ込むという危険極まりない蹴りです。192センチ,115キロの前田が。
当時の記憶では週間ファイト誌上で前田日明、対アントニオ猪木用の新必殺技、大車輪キック完成、猪木のアゴ、鎖骨を折る!なんて物騒な見出しと共に技の危なさが記事になってたくらいで。
結局アントンは前田との直接対戦を避け前田と良く当てられていたのは木村健悟、越中、そして藤波。しょっちゅう大車輪キック喰らってました。
特に凄かったのが86年大阪城ホールでの藤波戦(IWGPのリーグ戦)で試合終盤コーナー際の藤波にズバッと大車輪キックを見舞いこめかみに命中、藤波の顔から血が噴き出し大流血の惨事となった試合もありました。
その後も前田に猪木との対戦の機会は与えられず当てられるのは相変わらず越中、武藤、マシンとかで。でも越中とか武藤も段々打たれ強くなって来たのかノーガードで大車輪キックを首や顔面に受けても直ぐに立ち上がるようになってきたのも今考えたら凄いなあって。
長州襲撃事件から新日本退団、新生UWFからリングスになる頃にはすっかり使用しなくなった大車輪キック、フライングニールキック。新日本では橋本、浴びせ蹴りとして使用した山田〜ライガー。全日本では川田。蹴りを主武器とするレスラーが受け継いでいった大車輪キック。
初代タイガーマスクのローリングソバットとはまた違った空手上がりの荒々しい頃の身体のデカい前田にピッタリの蹴り、大車輪キックでした!
『誰か一番強いか決まるまでやればいいんだよ!』