引きこもりで地味な現在の自分からは想像しがたいことだが、帰国後の20代の頃、銀座8丁目並木通りのクラブで5年ほどホステスをしていたことがある。好奇心旺盛で体力が有り余っていた20代。OL生活だけで満足できるはずもなく、昼間は大手電器メーカーのショールームでバイリンガル・デモンストレーターとして「真面目」の仮面をかぶりつつ、17:15に仕事を終えるや否や、そそくさと銀座に向かい、ロサ(だっけ?)という美容院でセットをしてもらいながら宝塚ばりの化粧を施し、背中が広く空いたドレスを身につけ源氏名を名乗るというローテーション。昼も夜も働くのは体力的にキツかったけれど、非日常が毎晩味わえた銀座は、夢に遊びたかった無知な自分にとっては魅力でもあった。
ほんの数ブロックのあの一画だけが、虚構と虚栄に満ちた狂った街だった。当時は今に比べたらまだまだ景気も良く、ちょうどITバブルが到来した頃だった。特別な日でもないのに毎晩ドンペリニョンが飲めたり、OLだったら一生口にすることなどできないと思われるロマネ・コンティを飲ませてもらった上に、何万円ももらえるバイトなんてそう世の中には多くない為、正直辞める時も後ろ髪を引かれる思いだった。でもあんなの全て幻だ。朝になれば全てあれは幻だったと分かることだった。稼いだお金も何に使ったのか覚えていないが泡のごとく消え去った。30歳過ぎてから時給710円で手を荒らしながら働いた花屋の仕事の方がよっぽど本物だ。
いくら銀座は上品だとはいえ、あんなことに大金を使う人達が集う狂った価値観が生きる場所だ。あのお金の使い方と使わせ方は、時には下品とも思えた。ダーティーな側面も当然多かった。少し前に、芸能人と遊んでいたホステスがヒルズのマンションでドラッグの過剰摂取により死亡&裸体で発見、みたいなニュースがあったけど、そんなものは全然驚くことではない。いくらでもあった。
でも個人的には良い思い出だけ大切にしたいと思っている。文学の試験勉強をしながら思い出す人々がいる。私が接したお客さんには出版社の方達が多く、接待で連れてこられる有名な作家さんとお話する機会も多々あった。直木賞作家もいれば、テレビでコメンテーターとしてしょっちゅう登場する有名な方も沢山いた。(ちなみに仲良しの出版社の人に大好きだった山田詠美さんを連れて来て欲しいと頼んだが、残念ながらそれは実現されなかった。。)
もしあの頃に今やっている通信の勉強と出会っていたら、ホステスとして知的度の高い会話を提供できたかもしれない、なんてよく思う。楽しいお客さん達だった。
彼らが与えてくれた良き思い出を大切に、今週末の文学の科目試験をなんとか乗り切りたい。オチはそこだ(笑)
ほんの数ブロックのあの一画だけが、虚構と虚栄に満ちた狂った街だった。当時は今に比べたらまだまだ景気も良く、ちょうどITバブルが到来した頃だった。特別な日でもないのに毎晩ドンペリニョンが飲めたり、OLだったら一生口にすることなどできないと思われるロマネ・コンティを飲ませてもらった上に、何万円ももらえるバイトなんてそう世の中には多くない為、正直辞める時も後ろ髪を引かれる思いだった。でもあんなの全て幻だ。朝になれば全てあれは幻だったと分かることだった。稼いだお金も何に使ったのか覚えていないが泡のごとく消え去った。30歳過ぎてから時給710円で手を荒らしながら働いた花屋の仕事の方がよっぽど本物だ。
いくら銀座は上品だとはいえ、あんなことに大金を使う人達が集う狂った価値観が生きる場所だ。あのお金の使い方と使わせ方は、時には下品とも思えた。ダーティーな側面も当然多かった。少し前に、芸能人と遊んでいたホステスがヒルズのマンションでドラッグの過剰摂取により死亡&裸体で発見、みたいなニュースがあったけど、そんなものは全然驚くことではない。いくらでもあった。
でも個人的には良い思い出だけ大切にしたいと思っている。文学の試験勉強をしながら思い出す人々がいる。私が接したお客さんには出版社の方達が多く、接待で連れてこられる有名な作家さんとお話する機会も多々あった。直木賞作家もいれば、テレビでコメンテーターとしてしょっちゅう登場する有名な方も沢山いた。(ちなみに仲良しの出版社の人に大好きだった山田詠美さんを連れて来て欲しいと頼んだが、残念ながらそれは実現されなかった。。)
もしあの頃に今やっている通信の勉強と出会っていたら、ホステスとして知的度の高い会話を提供できたかもしれない、なんてよく思う。楽しいお客さん達だった。
彼らが与えてくれた良き思い出を大切に、今週末の文学の科目試験をなんとか乗り切りたい。オチはそこだ(笑)

